店を開け続けよう コロナ禍乗り切るワークマンの決断『ワークマンは商品を変えずに売り方を変えただけでなぜ2倍売れたのか』より

加盟店には本部からマスクを計20万枚無償で配り、のぼり旗用のポールを活用してレジ前に簡易的な「飛沫防止シールド」を設置した。結果、従業員が来られなくなったなどの理由で時短営業や土日・祝日の臨時休業を選ぶ店は増えたものの、ほぼすべての店が営業の継続を決めた。

例外は、ららぽーとなど、ショッピングモールにテナントとして入居している「ワークマンプラス」9店舗のみ。緊急事態宣言を受け、ショッピングモールそのものが休業を決めたからだ。しかし、そもそもショッピングモール内の店舗を訪れる客は、ほぼ100%が家族連れなどの一般客だった。営業を続ければ、不要不急の外出を助長することになる。そこで緊急事態宣言が出されれば、いつでも店を閉める心づもりをしていた。

一方、全国の路面店では、職人客の割合が平均8割を占める。インフラを支える業種がほとんどで、土木建築が4割近く、電気・ガス・水道と、運輸・通信・農林漁業で2割ずつ。ワークマンが店を開ける決断をしたところ、これまでと変わらず、職人たちは店に足を運んでくれた。

「上昇角度が少し鈍っただけ」

4月13日、新型コロナで死亡者が発生したことを受け、ゼネコン大手の清水建設が、東京など7都府県の建設現場約500カ所で工事を止めることを発表した。しかし、ワークマンを愛用してきた職人はゼネコンではなく、地方の工務店が中心だった。

「ゼネコンの工事現場にはたくさん人がいるが、地方では大工さん1人で施工している現場も珍しくない。うちは屋根瓦の施工や内装工が多く、毎日、作業に必要な物を買ってくれた」(土屋氏)。飲食やイベント、サービス業向けのユニホームは以前ほど売れなくなったが、それでも全体の売上げから見るとわずかだった。「職人さんが圧倒的に多かったので、好調だった業績の上昇角度が、少し鈍っただけだった」と土屋氏は振り返る。ワークマンプラスが当たったからと言って、決してアパレル企業にはならず、作業服専門店としての品ぞろえを疎かにしなかったことが、この非常時に生きたのだ。

ワークマンはPB(プライベートブランド)商品の3分の2を中国で生産しており、最初に新型コロナの感染爆発が確認された武漢市の工場にもTシャツの製造を委託していた。普通ならば万事休すとなるところだが、ワークマンは違った。もともと1円でも販売価格を引き下げるため、海外生産は閑散期を狙って、1年分をまとめて製造してもらう形を取っていた。そのため、武漢で新型コロナがまん延したときには、すでに20年3月期分の縫製を終えていた。結果として商品の安定供給を続けることができたのだ。作業服専門店として長年築いてきた信頼と、独自のサプライチェーンが、未曽有の国難で発揮された。新型コロナは、図らずもワークマンの強さを浮かび上がらせた。

(『ワークマンは商品を変えずに売り方を変えたただけでなぜ2倍売れたのか』 217~220ページ)

ワークマンは 商品を変えずに売り方を変えただけで なぜ2倍売れたのか

著者 : 酒井大輔
出版 : 日経BP
価格 : 1,760円 (税込み)

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