薬学の世界から小説家に転じたサイエンスアスリート、瀬名秀明さんへのインタビュー後編。AIが登場する作品もある瀬名さんに、人間とAIが共存する条件などを聞く。(前編は「研究室のリアルをSFに 細胞みて『いい顔』『凶暴』」)
想像できることは実現できる
――SF作品が現実を先取りすることがあります。その意義をどう考えますか。
「『海底二万里』『月世界旅行』などを書いたジュール・ヴェルヌの言葉としてよく紹介されるのが『想像できることは実現できる』です。実際は別の人の言葉のようですが、SFの役割をうまく表現しているのではないでしょうか」
「大阪大学を退官された浅田稔先生は、今も阪大で研究を続けていて、『思いやりの心』や『寄り添う気持ち』のあるAIやロボットの設計に挑んでいます。こういうテーマは私も小説にしたことがある話で、科学と小説が相互作用をもちうる可能性を感じます。私も一般読者に面白がってもらうのはもちろん、専門家に『こういう視点があったか!』と思ってもらえるようにしたいと、二段構えで小説を書いています」
――瀬名さんの最近の作品「ポロック生命体」は、AIが故人となった画家の新作を生み出す未来が描かれています。発想のきっかけは。
「米国の抽象表現主義の代表的な画家、ジャクソン・ポロックのことがずっと気になっていました。10年以上も前、ニューヨークの個展を訪ねる機会があったんですが、作品に人生が映し出されているように見えたんですね。彼は初期の具象から始まってアクションペインティングにたどりつき、酒に溺れて最後は交通事故で亡くなる。作家も伸びて絶頂期が来て、そして書けなくなって死を迎えるようなところがあるので、余計に頭に残ったのかもしれません。そのポロックの生涯を描く映画が製作された際、美術スタッフは作品をCGで再現しようとしてうまくいかなかったそうですが、今のAIなら描けるのではないかと考えました。ポロックはインタビューで、アクションペインティングは無意識の心の中で体の動きを制御している、というような話もしています」
「AIにだれかの小説を書かせるというプロジェクトもあるんです。直感的に『AIが作品を再現できそうな作家』が、なんとなく自分の中にあります。例えば星新一さん。古今東西の小説の定石を知っていて、そこに別のものを組み合わせてアイデアを生み出している。こうした論理的な考え方は、プログラムに落とし込めるはずです」
――自作をAIが再現できると言われたら、怒る人もいそうです。
「論理的にクリエーティブなことをしている人は、案外、反感を持たないかもしれません。将棋の羽生善治さんもAIの専門家と共同研究をしていますが、想像力をAIでつくりだす新しい可能性に期待しているのでしょう」