「ゲリラ豪雨」被害減らす新習慣 防災は雲の科学から気象庁 気象研究所 荒木健太郎(最終回)

ただし、局地的大雨の予測には、さらに難しい場合がある。

関東平野で「対流の起爆」が起きる3つの仕組み。(1)は地形によって起こる場合。(2)は内陸に向かう海風同士が収束するケース。(3)はいったん出来た積乱雲のガストフロント同士の相互作用によるもの。(1)(2)(3)の順で予測は難しくなる(「雲を愛する技術」(光文社新書)より)

「──海風がさほど強くない状態ですと、茨城沖の鹿島灘や千葉の九十九里浜、東京湾、神奈川の相模湾などから別々に陸上に吹き込んだ海風同士が、内陸でぶつかって収束し、上昇気流が生じることで対流の起爆が起きることもありますね。こちらは山という地形に限定されないわけです」

「──いったん出来た積乱雲が、別の積乱雲に関与する場合があります。積乱雲は衰弱していく時に下降流が強くなるわけですが、その下降流が地表で吹き出すいわゆるガストフロント同士が、衝突したり融合したり交差したりすると、やはり上昇流ができて新たな対流の起爆が起きることがあります。またガストフロントと海風が作用することもあります。こういう場合、ひとつ前の積乱雲まで正確に予測できないといけなくなって、とても予測がむずかしくなるんです」

山があって水蒸気を含んだ風がぶつかり「対流の起爆」が起きる場合、山という地形が特定される分、ちょっと予測が楽になる。しかし、海風が収束する場所や、ましてやすでにできた積乱雲の下降流が次の積乱雲の「起爆」にかかわる場合など、考えるだけでややこしい。

「結局、山地での研究につづいて、他の場所でも、気温や風、水蒸気の観測を高密度・高頻度にとっていくというのが今やっていることです。特に水蒸気の観測って今、注目されていますね。雲って水蒸気がベースになってできるわけですが、レーダーで観測できるのは、雲の中で水滴や氷の粒が成長した後なんです。水蒸気の状態では見えません。だったら、その雲になる前の水蒸気がどの高さにどのくらいあるのか。マイクロ波放射計を使って観測して、積乱雲の発生前からの予測をしようというのが、今、私がやってる取り組みですね」

マイクロ波放射計というのは、レーダーのようにみずから電波を発して反射波を見るのではなく、水蒸気、酸素、雲水などが発している放射(電波)を観測して、水蒸気分布や気温分布を求める。この方法自体、荒木さんたちのチームが開発して、良好な結果を得ている。前述の山地での積乱雲の研究や、2012年につくば市で起きた竜巻を観測して、その竜巻を生んだ積乱雲の発生環境について観測値を得るなど世界的にも貴重な知見を生み出している。

なお、それは今、荒木さんの研究室の建物の屋上にあるのだが、観測をするために、荒木さんが日々、戦っているのは、なんと、カラスだ。

カラス対策が施された気象研究所のマイクロ波放射計(写真提供:荒木健太郎)

「特殊なセンサーを包むドームに、特別な柔らかい素材を使っているんですけど、そこにカラスが穴を開けちゃうんです。そこから雨水が入ると故障の原因になってしまって、馬鹿になりません。1台数千万とかするんで。それで、トゲトゲをつけてみたり、釣り糸を張ってみたり(笑)。この釣り糸がわりと効果があって、今は大丈夫なんですけど」

様々なレベルでの苦労がありつつも、精緻な観測ができるようになって、やがて予測可能なものになっていくというのはたのもしい。

もっとも、それだけではダメだと荒木さんは強調した。

「こうやって積乱雲を予測できるようになっても、それでも、情報を知らずにいきなり出会った人にとってはやはりゲリラ豪雨なわけです。情報を自分からとりにいって活用するのは、結局、ふだんから空を見上げて雲を見ていたり、気象情報やリアルタイムのレーダーを見たりして能動的になっていないと。それに、防災をしようと気を張ってしまうと、いずれ疲れてしまってなかなか長続きしない。だから、楽しみながら、雲で遊んだり、雪の結晶で遊んだりしていて、自然と防災力が高まるといいなと思っているんです」

なるほど、そういうことか。荒木さんが「雲を愛でるのと、危険な雲を見分けるのは、裏表」であると言った真意が理解できた。雲愛というのは、雲を愛でることには違いないけれど、それは雲をより深く知り、正しく恐れることにもつながって、防災力をも高めるものなのだ。

多くの人がそんな態度を身に付けたら、きっと、不意打ちを食らうゲリラ豪雨というのはほとんどなくなって、「ただの通り雨」くらいになるのかもしれない。降るたびに被害がある関東の雪も、分かっていたら前日のうちに自動車のチェーンや滑りにくい靴を用意したり、そもそも予定を整理して大きな移動をせずに済むようにできるかもしれない。

雲を楽しみ、自分や家族や友人を護ることができるというなら、言うことはない。

そのためにも、日々、雲を見上げては愛で、雲友の輪を広げようではないか!

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年2月に公開された記事を転載)

荒木健太郎(あらき けんたろう)
1984年、茨城県生まれ。雲研究者。気象庁気象研究所台風・災害気象研究部第二研究室研究官。「#関東雪結晶 プロジェクト」主宰。気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。専門は雲科学・メソ気象学。防災・減災に貢献することを目指し、豪雨・豪雪・竜巻などの激しい大気現象をもたらす雲の仕組みと雲の物理学の研究に取り組んでいる。著書に『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)など、監修に映画『天気の子』などがある。ツイッターアカウント@arakencloudで雲の写真や情報を日々発信中。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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