吉行はあるところで、ダンディズムについて「淡白さノンシャランな感じ」と発言しています。「ノンシャラン」。まったく気にかけていないふうのことです。興味を持って、吟味に吟味を重ねて、実際にそれを身に着けた時には、ノンシャラン。まるでそんなものはまったく知らないかのようにみえる。それが真のダンディズムであると。

「新しい背広がすぐに柔道着に」

79年、吉行は「ベストドレッサー賞」を受賞した際、式典に出られなかったため「お礼の言葉」をさる人に託しました。その中で、こんな含羞を交えた文を記しています。

私は友人から、新しい背広がすぐに柔道着になる男と、言われています。

文壇随一のダンディーでもあった

この言葉をどうとらえるか。「背広が柔道着になる男」というのは、「仕立て下ろしがくたっとして見えてしまう男」という、自分を卑下した表現にもとれます。しかし、これを良い意味に解釈すれば「新調の服に着られていない」という意味にもなります。いかにも新調のいい服をパリっと着る、のではなく、新調のいい服でさえ、あたかも体になじみきったふうに着こなす、という意味です。実際、吉行のスーツ姿を見れば、どんな服もサラリと、ノンシャランに着こなしています。

そんな吉行のおしゃれにおいて、時計の”着こなし”は、服とは少々勝手が違ったのではないかと思います。コレクターは、その対象物に無類の愛情を注ぎ、深い思い入れを抱くものです。なかなかノンシャランというわけにはいかない。コレクションへの愛が、全身のスタイリングの中に際立ってしまうこともあるでしょう。

遠藤周作さん(左)と対談する吉行淳之介さん

吉行の著作の中には、そんな時計の着こなしについて書かれたものがあまりありません。彼にとって、どんなスタイルであっても、身につけた時計は時計としての個性を発揮すれば良く、それが全体の調和に優先するものであったのではないでしょうか。こうした小物への愛情の示し方というのも、また一つのおしゃれの流儀と言えるのかもしれません。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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