東日本大震災前日に渡米 デジタルデザインを変革グッドパッチ社長 土屋尚史氏(上)

シリコンバレーでつかんだ起業のヒント

実際に自分の目で確かめてみようと、土屋氏はシリコンバレー行きを思い立つ。だが、英語すらろくにできない。妻と生まれたばかりの子どももいる。何より、なんのツテもない。

絶望的な状況だったが、大阪のIT関係者が集まる飲み会に毎月参加してはマイクを握り、「シリコンバレーに行きたいです。誰か知り合いがいる人はいませんか」と呼びかけ続けた。半年後、チャットワークの創業者、山本敏行氏から「シリコンバレーじゃないけど、サンフランシスコになら1回だけ、ご飯を食べたことのある社長がいる」と声をかけられた。

「ぜひお願いしますと頼み込んで、サンフランシスコのbtrax(ビートラックス)というデザイン会社の最高経営責任者(CEO)、ブランドン・ヒルさんを紹介してもらいました。彼は日本人と米国人のハーフで、日本語も通じてラッキーだった。『インターンとして働かせてほしい』と掛け合いました」

2011年3月10日。土屋氏は面接を受けるため、サンフランシスコに降り立つ。面接を無事に終え、2人で食事をしているときに、東日本大震災が起きたことを知った。日本の状況は気がかりだったが、せっかくのチャンスを逃すまいと、米国でのインターン生活を開始。そこで得た発見がグッドパッチ創業につながった。「もしあの時、出発が1日でも遅れていたら、グッドパッチが生まれることはなかった」と土屋氏は振り返る。

当時のbtraxは毎日のように、スタートアップ企業が投資家や支援者に向けて自社の商品・サービスや経営方針を説明する「ピッチイベント」を開いていて、土屋氏はその運営を手伝った。

そこで衝撃を受けたことが2つあった。1つ目は「Dogpatch(ドッグパッチ) Labs」というコワーキングオフィスだ。今では珍しくはないが、ソファでくつろぎながら思い思いに仕事をする姿に目を丸くした。しかも、ランチ時間には様々な会社の人が集まり、勝手にピッチを始め、新たなビジネスが次々と生まれてくる。

もう一つの驚きは、スタートアップ各社がアプリ開発に取り組む方法や態度が日本とは全く異なっていたことだ。開発者側が機能をいっぱい盛り込んで満足するのではなく、ユーザーの視点に立って、むしろ機能をできるだけ絞り込んでいた。ユーザーの使う場面を思い描いたうえで、どんな体験を得てほしいのかを、開発者側が最初から突き詰めてデザインしていた。

しかも経営陣にデザイナーがいて、デザインの重要性を熟知している。デザインを表層的な「見た目」の問題と軽んじて、最後の工程で下請けのデザイン会社に「お化粧」させればいいといった程度の認識しかなかった日本とは、アプリの出来が雲泥の差だった。

渡米から半年後、土屋氏はついに起業する。会社名はサンフランシスコで感銘を受けたコワーキングスペース「Dogpatch Labs」のように、スタートアップの「patch(継ぎ当て)」になるというメッセージをこめて、「グッドパッチ」と決めた。主力事業にはユーザーインターフェース(UI、人と機械をつなぐ接点)とユーザーエクスペリエンス(UX、ワクワクする体験)のデザインを据えた。しかし、期待してくれる人は皆無だった。

オフィスに設けたキッチンでは、食事をしながらの会話からアイデアが生まれることも

「まともな事業計画もなければ、戦略もない。スキルもない。『そもそもUI/UXなんかにマーケットはあるの? 食っていけるの?』と100人中100人が首をかしげていました。それでも突き進めたのは、僕には誇れるバックグラウンドがなく、プライドが高くなかったからかな。あるのは、野心だけでした」

その後、大方の予想通り、倒産寸前まで追い詰められた。組織づくりの壁も立ちはだかった。支えになったのは、「多くの人が信じていなくて、あなただけが信じている隠れた真実はなんだろうか? それを実現するビジネスをやろう」という、ペイパルを興した、伝説的な起業家、ピーター・ティールの言葉だった。

(ライター 石臥薫子)

(下)人との縁で組織崩壊から再生 「デザインの力」を証明 >>

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