日経ナショナル ジオグラフィック社

こうした欲求は、進化のうえで有利だったことから生じている。トマセロ氏が14年に発表した総説論文によれば、ヒトと他の霊長類との最後の共通祖先が、他個体と協力して採食していたことが示唆されるという。のちにヒトは、食料採集や狩猟に参加しなかった集団メンバーにも食物を分け与えるようになった。

一部の研究者たちは、ヒトが他の霊長類よりもずっと利他的であると考えている。トマセロ氏や、米アリゾナ州立大学の霊長類学者ジョーン・シルク氏もそうだ。ヒトの社会では、たとえ直接的なメリットがなくても、食物を分け合ったり労働を分担したりする。私たちは共感によって動機付けられているのだ。こうした行動の変化は、生態学的・環境的変化によって食物が少なくなることで促進された可能性がある。「協力するか死ぬか、という状況だった」とトマセロ氏は書いている。

とはいえ、ヒトの親切心にも限度がある。シルク氏と進化心理学者ベイリー・ハウス氏の論文によれば、私たちは、社会的または文化的つながりを持つ他者に対して、より利他的にふるまう傾向がある。のちにその人がお返しをしてくれそうな場合はなおさらだ。

ヒト集団同士の競争が激しくなると、私たちの祖先は外敵や部外者から身を守るための知識を、相手を選んで共有するようになった。「あなたと私でアンテロープ(レイヨウ)を狩ろうとしているとき、私が槍(やり)として使えそうな木の棒を指差したとします。前にも一緒に同じことをした経験があれば、あなたは私の言わんとしていることがすぐにわかるでしょう」。トマセロ氏はそう話す。「きっとあなたは棒を拾い上げ、私たちはまたすぐに歩き始めるでしょう」。氏は、集団内の経験に基づくそうした共有の知識が、ヒトの文化の起源だと考えている。

人付き合い中毒を癒やす

現代のヒトにとって、報酬系を刺激する社会的活動や体験の共有をやめることは、最も原始的な欲求に抗うことに等しい。しかし、それは不可能ではない。

トマセロ氏は、例えばソーシャルメディアは、共有したいという欲求を発散させる最良の場ではないかと言う。デジタルでつながることは、実際に会うことと同じではない。抱擁してエンドルフィンを分泌させることはできないからだ。それでも、太古の祖先たちが社会的な絆を作ってきたときと同じ報酬系を利用することはできる。画面越しに噂話をしたり、冗談を言い合ったりすることは、友人と夕食に出かける場合と同じようにエンドルフィンを放出させてくれる。

人に会うことの心理的依存を乗り越えるハードルは高い。だが、それはやろうと思えばできることだとダンバー氏は言う。ソーシャルメディアは、すでに存在する絆を強めることにも役立つが、ツイッターやTikTok(ティックトック)などを利用してグローバルなやりとりに参加することは、親しい人のみの社会集団を越えたつながりを作ることにも役立つ。

この危機の時代、自分の日常世界の外にいる人々とつながることは、自分と似ていない人々との絆を形成させてくれるという意味で極めて重要だとダンバー氏は言う。こうした絆を作ることで、私たちは利他的にふるまう素地を作ることになる。私たちが原始から受け継いだ脳は、新たな知人を部外者ではなく、仲間として認識するはずだからだ。そして、場合によっては、そうした共感的な関係を作ることで、進化的に組み込まれた欲求に抗い、他者を守るという選択をしやすくなるかもしれない。

(文 REBECCA RENNER、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年7月5日付の記事を再構成]