ゲスの極み乙女。「今はやりたいことを自由にできる」
川谷絵音率いる男女混成バンド、ゲスの極み乙女。が、メジャー5枚目のフルアルバム『ストリーミング、CD、レコード』を完成させた。リリース形態をそのままアルバムタイトルにした理由や、バンドサウンドの進化、ストリーミング時代の音楽制作で心がけていることなどを川谷にインタビューした。
およそアルバムタイトルらしくない表題に意表を突かれるが、リリース形態にも驚かされる。まずストリーミングで5月1日に全音源を解禁し、6月17日にCDにDVD(もしくはBlu-ray)が付いたDeluxe Editionと、アナログ盤を発売。CD単体の発売はなく、なんとその代わりに、patisserie KIHACHIの特製バームクーヘンと歌詞カードをセットにした"賞味期限付きアルバム"も同時に売り出した。奇抜な発想と遊び心が満載のものとなっている。まずは、それらの意図について川谷に聞いた。
「初めは普通にアルバムを出すつもりでしたが、これまでレコードを出したことがないので今回は出したいね、という話になって。それで、リリース形態をそのままタイトルにしました(笑)。
ストリーミングで先に全曲を解禁したのは、僕らの音楽を聴いてくれてる人はCDよりもストリーミングで聴いてくれる人のほうが多いからですね。それに『もうみんなCDは聴いていないかもしれない』という思いもずっとあって…。そんな時に話し合いの中からちょうど『CD以外で楽しんでもらえる別の形を提案してみてはどうか?』というアイデアが生まれ、(レコードやCDと形が似ている)バームクーヘンに行き着きました。ちゃんとバームクーヘンはいろいろ試食もしましたよ(笑)」
これまで、耳に残る旋律や艶やかでち密に構築されたバンドサウンド、言葉遊びにトゲを潜ませた歌詞など、独自の美学が宿る音楽でファンを魅了してきた彼ら。
本作は、彼らの代表曲『私以外私じゃないの』や『キラーボール』をもとに、新たに作った『私以外も私』や『キラーボールをもう一度』を収録。過去との対比によって、バンドの成長をより鮮明に感じられる。また、彼らの持ち味である男女ボーカルによる掛け合いにも、さらに磨きがかかったようだ。
「『私以外私じゃないの』と『キラーボール』はストリーミングでの再生数も多いのですが、特に『キラーボール』は昔に録った曲なので音に納得がいっていなくて、もっといい音で聴いてほしいという思いがずっとあったんです。ボーカルや音質をバージョンアップしたいけど、ただ録り直すのは粋じゃない。それならいっそのこと作り直そうと(笑)。
今回のアルバムに収録する曲は、打ち込み中心だったり、バンドサウンドに縛られない楽曲が多いんですが、それは近年、メンバーが忙しくて、なかなか全員で集まれなかったのも一因なんです。(ドラムの)ほな・いこかが女優業に進出したり、(ベース担当の休日)課長はもう1つのバンドのDADARAYだったり俳優活動もあった。(キーボードの)ちゃんMARIはソロや、TK(from 凛として時雨)さんなど、他のアーティストのサポートもあったし。今年の1月初めにようやく全員でレコーディングして、これだけ良いものが作れたなら、もっとみんなで集まる時間があれば、さらにいいものを作れたはず…という思いもあったりします。
制作では、ちゃんMARIと2人だけでデモの制作を進めたものもありました。彼女は、歌でも貢献してくれていて。『問いかけはいつもためらうためにある』では、2人で掛け合いのラップに挑んでいます。ゲスに関しては、歌も楽器の1部のような捉え方なので、男女で歌ったほうがサウンドのバリエーションが増えるんです」
音数を厳選し、海外も視野に
本作はバンドアンサンブルを軸に据えながら、ブラックミュージックを起源とする、ふくよかでうねるようなグルーヴが躍動感を与えている。一方で、勢いのあるギターサウンドは抑え目になった印象を受ける。ストリーミングの視聴を軸に、世界に開かれたサウンドを目指した結果、洋楽的な香りをまとった、洗練された大人っぽい作品になったようだ。
「今作は、国内だけでなく海外の方にも聴いてほしいという思いがあって。ストリーミングで聴かれるのを前提に作った結果、ギターをかき鳴らすような楽曲は減りましたね。荒々しいギターサウンドが持ち味のバンドは、生では勢いを感じるけど、ストリーミングでは音が圧縮されるため、プレイリストに並ぶ他のジャンルの曲と比べると、しょぼく聴こえてしまう。他にも、今回はテンポが速すぎる曲は入れなかったり、音数を減らして隙間を作ることを心掛けました。もともと音数が多いバンドですが、引き算はすごく考えましたね。
もちろん、『フランチャイズおばあちゃん』や『透明な嵐』のように、ギターを前面に押し出した曲もあります。でも、『私以外も私』の大サビ裏でトリッキーなプレーをしているけど、あまりギターが主張しすぎない。あえてゲスでギターを前に出したいとは思わなくなったのは、僕がジェニーハイでギタリストに専念していることも理由の1つかもしれません。
それより、ゲスの肝はベースだと思うので、より骨太な感じになるよう意識しました。『哀愁感ゾンビ』のイントロは、特に気に入っていますね。1小節ごとに僕が考えたアイデアを弾いてもらったんですが、何でもこなせる休日課長が、途中で『ムリかも』と音を上げるくらいの難易度で。途中でエフェクターを踏んだりするので、1曲を通して弾くのは難しいんですよ。だけど、きっと練習してライブでは弾けるようになってるんじゃないかなと(笑)。
あと、『綺麗になってシティーポップを歌おう』では、ちゃんMARIがピアノでダララランと連打するのと同じものをベースで弾いています。そういうプレーは、たいていギターで弾くことが多いと思うんですが、今作ではそれをベースでやってみました。
ドラムに関しても、今年録った曲に関しては、かなり練り上げましたね。グルーヴを生み出しながら、安易に4つ打ちに逃げないようにするために、バスドラムの位置1つひとつを丁寧に決めてから録りました。ほな・いこかは、もともとタワー・オブ・パワーなどのファンクバンドが好きなので、自分らしさも出せたんじゃないかな。今作は全体を通して、メンバーそれぞれのプレーヤビリティーの高さを発揮できた1枚になったと思います」
『人生の針』ではストリングスアレンジを、チェリストの徳澤青弦に依頼。他のバンドでは珍しくないが、これまで完璧なまでに一貫して自前で帰結させてきた川谷にとって、制作へのアティチュードの大きな変化がうかがえる。
「これまで僕はプロデューサーを迎えたことが一度もなくて、弦も自分が歌ったものを、ちゃんMARIにシンセで弾いてもらって作っていました。それもいいけど、すべてが自分の想像力の範囲内で作れてしまうことが怖いなと思うようになって。自分の想像の上、その先を見てみたいと考えるようになりました。
31歳になったけど、僕の思っていた31歳ではないんですよ。もっといろいろできるはずだったのに、全然時が止まっているなと。自分ですべてやることで、時間をなくしていたのかもしれない。『ここは任せます』ってやっていたら、他にできたこともあったのかなと思ったんですよね」
他からの"目"って大事だなと
「今回は弦のアレンジだけですが、青弦さんにやってもらったことで、自分が思う倍くらい曲が良くなり驚きました。海外のヒットチャートを見ても、プロデューサーを入れていない人のほうが今は少ないくらいで。外の人の目って大事だなと改めて痛感しました。
今回の作品で『いい塩梅が見つけられた』と思います。商業音楽と、自分がやりたいこと、バンドなのでみんながやりたいことの折衷案というか。そのバランスの取り方が難しいんですが、今のゲスはそれが自由にできてる。以前はもっと、ポップであり続けなければいけないとか、こういうものが求められているとか、縛られていました。もしゲスしかやってなかったら、もっとあがいていたかもしれない。けど今は、自由にやっていいと思えるし、ポップやアート性を求めて極端に走ることもありませんね」
より良い作品にするため、様々な選択肢を用意し、ときに他者に委ねる。トータルプロデューサーのように物事を俯瞰する意識は、ここ数年、川谷が心掛けてきたことだという。
ストリーミングの広がりや、SNSで思いがけないヒットが生まれる時代。それにいつでも呼応できるようにするため、広い視野に立ち、音楽の精度を上げていく必要性を痛感しているようだ。竹内まりや『プラスティック・ラブ』(84年)が、近年YouTubeで2400万回再生され、世界的なヒットになったことで、さらにその思いを強くしたという。
「届けるところを限定しない、間口を広い作品にしたいという思いがあるんです。今回のアルバムは、全部がそれをできたわけじゃないけど、その入り口というか、自分の中で光が見えた。僕を含めて多くのミュージシャンは、リスナーとして洋楽をよく聴くし、海外のサウンドへの憧れもあるけど、それをそのままやっても意味がなくて。山下達郎さんは、信念をもって自分が決めたところに突き進んできたから、近年の世界的評価につながっていると思うんです。山下さんがプロデュースした『プラスティック・ラブ』が世界的に流行したのを見て、なんとなく確信が持ててきたというか。
ストリーミングは新譜と旧譜の差がないので、あちこちでそういう現象は起きていますよね。ナタリー・テイラーの、15年リリースの『サレンダー』というすごいチルな曲が、コロナの影響で『Stay home music』として急に注目されたり。僕のindigo la Endでいうと、『夏夜のマジック』という5年前の曲が今、若い子たちの間ですごく聴かれていたりとか。CDのように、新譜がどんどん更新されていくものではないから、逆に希望が持てると感じています」
ポップとアート性を兼ね備えた5thアルバム。スマートフォン向けアプリ『テイルズ オブ クレストリア』の主題歌『蜜と遠吠え』を含む全12曲を収録。全体的にキャッチーで親しみやすいが、躍動するリズムやシアトリカルなピアノ、エッジの利いたギターなど、サウンド面の聴きどころも多い。詩的な美しさを求めた歌詞にも注目。(ワーナー/豪華盤TypeA・CD&DVD9000円・税別)
(ライター 橘川有子)
[日経エンタテインメント! 2020年7月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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