女優・桜庭ななみさん 最後に頼れる最強の味方

さくらば・ななみ 1992年鹿児島県出身。2008年に女優デビュー。中国語を生かし海外でも活躍。13歳から13年間行方不明になった女性を描いた英人気ドラマの日本版「13」に主演、8月1日から放送予定。
さくらば・ななみ 1992年鹿児島県出身。2008年に女優デビュー。中国語を生かし海外でも活躍。13歳から13年間行方不明になった女性を描いた英人気ドラマの日本版「13」に主演、8月1日から放送予定。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は女優の桜庭ななみさんだ。

――お母様が一家の“ラスボス”だとか。

「会社勤めの父と保育士の母、姉弟の5人家族です。両親から細かいことを言われた記憶はありませんが、願いごとなどの相談はすべて母でした。ピアノが習いたい、バレーボールのチームに入りたいなど、まずは母に打ち明けました。『途中で諦めないよね?』と念押しされたときに自信を持って返答できれば聞き入れてもらえました。だから、両親のどちらかを味方に付けようなどとの思いは起こりませんでしたね」

「理詰め型の母とは反対に父はおっとりタイプ。母の判断を信頼し、一度決まると全面的に応援してくれました。笑えないギャグを連発したり、私たちがテレビを見ているとわざと真ん前に座ったり。かまってほしいのに、子供たちからは無視されちゃう、かわいい性格です。ただ、食事のマナー、あいさつなど礼儀には母以上に厳しい面がありました」

――お母様は女優になることに反対だったそうですね。

「もともと看護師になりたくて、中学卒業後は看護関連の高校、専門学校に進学するつもりでした。15歳のとき、事務所からスカウトの声がかかりました。未知の世界でしたが、不安よりもワクワク感が大きくなり、思い切って進むことを決めました」

「両親、特に母は猛反対。東京の芸能界に娘を送り出す、母の不安な気持ちも理解できました。でも私も頑固な性格なので激しいやり取りを交わし、最後は母が『わかったわ』と折れました。こうなると、家族全員が私の応援に回ってくれます。家族は最後に頼れる、絶対に揺らぐことのない最強の味方なんです」

――相談や悩みごとはどなたに打ち明けますか。

「母……姉もかな。相談というよりは延々と愚痴を聞いてもらう感じです。母と姉はうんざりしていると思いますが、こちらは言いたい放題ですから終わればスッキリ。用事や理由もなく母には連絡します。何を食べたとか、歯磨きをしながらとか、テレビ電話で会話しています」

「話は家族みんなに筒抜けで、ささいな話題も家族で共有しています。最近は、弟の誕生日に家族全員でオンラインの動画でお祝いしました。何だかんだ仲がいいのでしょうね」

――ご家族と離れていると寂しくないですか。

「くっ付き過ぎているといろいろ苦労もあるので、付かず離れず、何かあれば全員で駆けつけるみたいな関係がいいのかな。簡単なことだけれど、心理的につながっていなければできないことだと思います。我が家の場合は父と母が中心的な役割を担っています。最近は日曜日に仲良く食事に出掛けるのが日課となっており、その話を聞くのも楽しみの一つですね」


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