コロナ禍でも売り切れ マルマン支えた文具のこだわり

マルマンの井口栄一社長
マルマンの井口栄一社長

「図案スケッチブック」などの文具メーカーとして知られるマルマン(東京・中野)。創業家出身の井口栄一社長は3代目、2020年に創業100年を迎える。文具にとって最大の需要期の4月に新型コロナウイルス感染症の直撃を受けた。老舗文具メーカーは数々の危機をどう乗り越えてきたのか。井口社長に聞いた。

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「こんな数字は見たこともない」。4月の売上高を確認した井口社長は愕然(がくぜん)とした。小学校や中学校、高校、大学などが入学シーズンを迎える最も需要が伸びる時期だが、多くの取扱店舗は休業に追い込まれ、売り上げが大幅に落ち込んだ。

しかし5月に入ると、意外なグッドニュースも飛び込んできた。インターネット販売などを介して「連休中に絵を描きたいとスケッチブックを求める人が増えた」という。そして日本を代表する画材店「世界堂新宿本店」が店舗を再開すると、主力商品の「図案スケッチブック」が一気に売り切れになった。「お客さんは待ってくれていた」と井口社長は安堵する。2カ月遅れで売り上げは戻ってきた。

スケッチブックの国内市場は20億円程度と決して大きくはない。同社の取扱商品はスケッチブックのほかはノート、手帳、バインダー、ルーズリーフなどいずれも紙をベースとした文具で、大半は単価の比較的安い商品だ。しかし、「たかが文具、されど文具」。100年にわたり、ものづくりの細部にまでこだわり抜いてきたマルマンの技が詰まっているという。

1920年、祖父の興一氏が東京・神田で創業。太平洋戦争中は一時休業を余儀なくされたが、戦後は父親の秀夫氏のもとでスケッチブックメーカーとしての地歩を固めた。欧州からスパイラル製本機を日本で初めて導入して1958年から「図案スケッチブック」の量産を開始。年間200万冊を販売し、60年を超すロングセラーとなった。量産化で単価を抑え、標準的なB4判サイズの図案スケッチブックは定価420円と子供でも手の届く範囲の価格にした。

3代目の井口社長は明治学院大学を卒業後、商社を経てマルマンに入社、1980年代半ばから経営陣に加わった。だが、少子化とバブル経済崩壊のダブルパンチを食らった。「商品開発から仕入れ、生産、在庫管理など様々な面で余分なところが多い」と経営改革に取り組み、2000以上あった商品アイテムを半分に絞り、仕入れ先なども見直した。1991年から減収ながら、増益という基調が5~6年続いた。2001年に社長に就任すると、課題の生産体制の再編に着手、新潟工場を閉鎖した。創業者の祖父の出身地での工場閉鎖は苦渋の選択だった。

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