人間の幸せを見つめる経済学
貧困問題をテーマの一つとしてきたバナジー氏とデュフロ氏からは「弱者への優しいまなざし」が強く感じられます。2人の学者にとって「良い経済学」とは、誰もが人間らしく生きられるより良い世界を作るのに役立つものでなければならないのです。
弱者へ配慮を優先する姿勢は「ベーシックインカム制度」への理解に表れています。すべての人に生活に必要な基本的な収入を保証するこの制度について「社会政策としてこれ以上のものはない、というのがユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)だ」と高く評価しています。2人の語り口からは、人間の本性を「善」と見なす楽観論がにじみ出ています。人間は元来、社会のためになることを求める存在だと見ているのです。「福祉が怠け者を生む」というような考え方は誤りだと強く訴えます。
(Chapter9 救済と尊厳のはざまで 460~461ページ)
「ベーシックインカム」の議論は、コロナ禍に見舞われている私たちにとって切実な課題でもあります。外出自粛や経済活動の急速な冷え込みにより、多くの人々の収入が途絶えました。我が国で10万円の一律給付金や各種の休業補償を議論していることが「生存のため給付」の重要性を示しています。本書は多くの若いビジネスパーソンに、深く考えるための様々な材料を与えてくれることでしょう。
◆編集者からひとこと 日本経済新聞出版・金東洋
「出るべきタイミングに偶然当たる本」というのが稀に存在しますが、本書はまさにその一つでしょう。版権を買ったのは2017年のことで、まだ2人がノーベル経済学賞を取る前でしたし、感染症で世界経済と人々の日常生活が未曾有の危機に直面するなど考えてもみませんでした。
著者たちは「経済学者は幸福や福祉という概念をひどく狭く定義する傾向がある」とし、「人間の望む幸福とは何か、幸せな暮らしを構成する要素とはどんなものか」を深く考えたと述べています。これこそ、コロナの時代の私たちが問われていることではないでしょうか。私たちの「幸せ」とは? そのために政府ができることとは?
絶望の淵にある社会に対して、経済学と社会政策にできることを問う「この夏、必読」(ビル・ゲイツ選)の1冊です。