「新型コロナウイルスをきっかけにライフスタイルは変わっていくと感じています」と成沢シェフ

――19才から8年間を欧州で過ごし、帰国して自分の店を構えてからは日本の食文化を世界に発信してきました。世界各地で経済活動は再開されつつあります。ガストロノミーの世界はまた、活発な交流が復活するのでしょうか。

日本に限らず、フランスやイタリア、アメリカなど世界中のガストロノミー(美食店)で海外客はほぼゼロになりました。世界中の人々が自由に海外を行き来できるようになるにはしばらく時間がかかるでしょう。イタリアやスペインは外国人客の比率がとても高かったのでダメージは大きいと思います。日本の場合は国内にも多くのフーディーがいます。それはとても心強いことです。

今回の新型コロナウイルスをきっかけにライフスタイルは変わっていくと感じています。今はそのスタート地点。夏祭りやライブの形は変わっていくでしょうし、レストランもコロナ前を懐かしむだけでなく、戻るものと変わるものを見極めながら前に進む必要があります。

5~6年前ですが、私が父のように慕っているスペインの巨匠、フアン・マリ・アルサック氏と、現地で記者のインタビューを受けたことがあります。サン・セバスチャンにある彼の店「Arzak」はミシュラン三つ星の名店です。ジャーナリストから「これから先、スペインにガストロノミーが存在する意味はあるのか」と聞かれました。当時からスペインは外国人観光客への依存度が高かったのです。彼は「食は文化であり、存在することに意味がある」と答えていました。私も同感です。

世界中のシェフが交流し、互いに刺激し合うことでガストロノミーは発展してきました。一方で、独自性が失われつつあるとも感じます。シェフが華やかさや希少な食材を使うことに注力する時代は終わりました。環境破壊が進み、ローカライゼーションが重要視されつつある中で発生した、今回の新型コロナウイルスです。これからはよりローカルを意識するようになると思います。

日本は鎖国をしていた江戸時代に自分たちを深く掘り下げることで独自の文化を発展させてきました。大きな流れとしてのグローバル化は変わりませんが、今は海外を意識することなく、目の前のことに集中できる時間と環境を与えられたと考えることもできます。それぞれのシェフが自分たちを見つめなおし、気候風土や生活様式を踏まえて料理を追求すれば、それぞれの個性が出てきます。しばらくして海外を自由に行き来できるようになったとき、それぞれの違いが面白さとなって出てくるのではないでしょうか。大変な時期ではありますが、そう考えればこの先が楽しみになってきます。

成沢由浩(なりさわ・よしひろ)
愛知県常滑市出身。洋菓子店を営む実家で育ち、高校卒業後にフランス、スイス、イタリアと欧州を渡り歩いて腕を磨いた。世界の美食家らが選ぶ「世界のベストレストラン50」は11年連続で選出。2013年から始まった「アジアのベストレストラン50」は初回に1位を獲得して以来、8年連続で10位内にランクインしている。ミシュランガイド2020は二つ星。2018年に国際ガストロノミー学会(本部フランス)が選ぶシェフの最高賞「国際グランプリ」を受賞。51歳

(中村奈都子)

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