GUあのモデルは誰 「バーチャルヒューマン」の素顔
「GU」の広告に起用されるなど、広告業界で注目を集めているのが「バーチャルヒューマン」だ。CGながらリアルな人間と見まがう容姿を持ち、SNSなどで情報を発信。コロナ後のキーテクノロジーとしても期待を集める。GUに加え、バーチャルヒューマン事業を手掛けるatali(東京・渋谷)の神林大地最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。
3月9日、ファーストリテイリングのブランドである「ジーユー(GU)」は、20年春夏の新作プロモーションのため、WEB限定ムービーの配信を開始した。注目を浴びたのが、モデルの中条あやみ、女優の水川あさみと共に登場し、新作の着こなしを披露したもう1人のモデル「YU」。彼女はCGで作られたバーチャルヒューマンであり、GUというファッションのメジャーブランドが広告で起用することは、大きな話題を呼んだ。
バーチャルヒューマンといえば、米国発祥のミケーラ・ソーサが象徴的な存在だ。16年にインスタグラムのアカウントを開設して以来、多数のブランドとコラボし話題に。インスタグラムのフォロワー数は今や230万人を突破し、一躍トップインフルエンサーとなった。日本でも、18年にピンクのボブが印象的な「imma(イマ)」が誕生。ポルシェ ジャパンやスキンケアブランド「SK-2」のプロモーションにも起用されるなど、活動の幅を広げている。
それに対して、GUのYUが斬新なのが、ミケーラやimmaなど既に存在するバーチャルヒューマンを「演者」として使うのではなく、GU専属として、独自に一からつくってデビューさせたことだ。しかも、体形は身長が158センチの中肉中背で、手足がすらりと長くモデル体形である共演者の中条あやみや水川あさみとは明らかに異なるスタイル。だが、この極めて平凡な体形のバーチャルヒューマンを起用することにこそ、GUの狙いがある。
バーチャルヒューマンをブランドの顔に
GUは、他の著名なファッションブランドがそうであるように、これまで新作では女優やモデルを使ってプロモーションを展開してきた。しかし、そうした広告は世界観を伝えるのには有効なものの、「モデルのようには着こなせない」と、消費者にとって実際に自分が着用するリアルなイメージにつながりにくいのが課題だった。一方で、店員が着ているのを見たり、SNS上で一般ユーザーが着こなしたりする投稿画像がきっかけで、購買や試着につながる場合が多いことが分かっていた。「つまり、生活者に寄り添うためには、一般の方の幅広い体形に合った着こなしが可能なこともアピールする必要がある。そこで、体形を訴求したいテーマに合わせて変えられるバーチャルヒューマンであれば、顧客が求める『リアルな着こなし』を提案できると考えた」(GU)
バーチャルヒューマンの制作過程では、ランダムに選定した一般女性200人の身体を計測し、平均データを参考にしながらCGでボディーモデルを作成。それに、コンセプトやキャラクター性を考慮してリアルに作り込んだCGヘッドを合成し、YUを完成させた。平均値を参考に作った体形だけに、一般女性にとって新作の着こなしがより自分ごと化しやすく、試着や購買の動機付けがしやすいのが利点だ。
GUでは、YUを今後様々なプロモーションに積極的に登場させ、ブランドの顔として育てていく計画だ。バーチャルヒューマンをCMなどに単発で使う例はあるが、GUのようにブランドのイメージキャラクターとして継続して起用するのは、他にはあまり見られない先進的なチャレンジ。「YUでは、季節や時節、利用シーン、アイテムの種類に合わせて体形を自在に変化させるなど、生身の人間ではかなわないことを行い、より顧客に寄り添った、バーチャルヒューマンならではの着こなしを提案していきたい」(GU)
バーチャルヒューマンを作るのは難しくない
テクノロジーの進化もバーチャルヒューマンの拡大を後押ししている。バーチャルヒューマン事業を手掛けるataliの神林大地CEOは、「CG技術が大幅に進化したことで、バーチャルヒューマン自体の制作のハードルはそれほど高くなくなった。今では我々のような小規模なチームでも作ることができる。見た目のリアリティーを追求することはもちろんだが、どう内面的な人間性を生み出し、SNSなどを通じて運用していくかという『生を与える』部分が重要」と語る。
特に、「GUというマスブランドがバーチャルヒューマンをつくり、プロモーション活用するということは、その一般化において非常に大きな意味合いを持つ」と、神林氏は言う。独自のバーチャルヒューマンであれば、ブランドのイメージや訴求したい内容によって、いかようにも見た目を変えることができる。それだけでなく、性格や趣味なども自在に設定できる。
実際、GUのYUは、「妹キャラの大学生。おしゃれと食べることが大好きな自由人。悩みはすぐに体形が変わること」といった設定だ。企業は、リアルな容姿でありながら自社都合で姿かたちや内面を自由に作れる、従来のタレントでは不可能だったイメージキャラクターを、バーチャルヒューマンによって手に入れることができるのだ。
高速・大容量の5GとARグラスが追い風に
では、バーチャルヒューマンをプロモーション活動に組み入れる場合、具体的にどのような施策が考えられるのだろうか。神林氏は次のように話す。「ブランドやプロダクトがターゲットとする集団に最適化されたバーチャルヒューマンを作り、SNSなどでコミュニケーションを図ることも一つの手。コアなファンの投票によって容姿や性格を決めるなど、みんなで作っていくこともできる」。さらに、店舗を作る代わりにバーチャルヒューマンを作り、そのキャラクター性を生かしてファンに直接商品を届けるD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)のブランドを展開していくことも想定される。「単純に広告で使うという枠組みを外せば、様々な用途に広げられる」と、神林氏は語る。
さらに一歩進めて、個々のユーザーの好みに応じたバーチャルヒューマンを自動生成し、いわば「その人専用のキャラクター」を使って販促する手法も考えられる。自分好みのリアルな見た目のキャラクターが商品やサービスを薦めてくる、かつてないアプローチが実現するわけだ。「ユーザーのネット上のログや属性などから自動判定し、個人好みのCGモデルを自動生成することは原理的には可能。将来的には個別に最適化されたプロモーションも可能になる時代が来ると思う」(神林氏)
こうしたバーチャルヒューマンの施策にとって追い風となるのが、20年3月から始まった5Gサービスの開始だ。高速・大容量・低遅延の通信が可能な5Gが広く整備されれば、例えば街角でかざしたスマートフォンの画面に、拡張現実(AR)技術で高精細なバーチャルヒューマンを出現させることが可能になり、スポットごとに様々なプロモーションが実現する。眼鏡のレンズに映像を投影するARグラスが一般化すれば、より臨場感のあるバーチャルヒューマンとのコミュニケーションが可能に。実際、KDDIでは、ataliが制作したバーチャルヒューマンの「MEME(メメ)」を、auの5G回線を使ってARグラス「Nreal Light」に出現させる体験ツアーを今年2~3月に実施する予定だった(新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて延期)。
5Gなどのテクノロジーの進化に加えて、withコロナ、アフターコロナの時代において、仕事や生活のオンライン化が加速しつつある。象徴的なのが、4月29日から5月10日までHIKKY(東京・渋谷)が開催をしていたVR(仮想現実)空間での展示即売会「バーチャルマーケット4」。セブン&アイ・ホールディングスや三越伊勢丹ホールディングス、ソフトバンクなど、多数の企業が仮想店舗を出店し、数十万人が来場するなど、バーチャルでのコミュニケーションや消費への熱は高まるばかりだ。
神林氏はこう話す。「コロナ禍で人と会うのを制限されたことで、多くの人が、人間のコミュニケーションの重要性を感じている。しかし、しばらくは個人も企業もリスクマネジメントをしながら生活やサービス提供をしていくことになる。そうした中、人同士の接触を回避できるバーチャルヒューマンは、人間型インターフェースを持つことを強みに、活用を加速させるチャンスが出てきている」
コロナ禍を境に、消費行動がリアルからバーチャルへ移行していく流れは既に起きている。アフターコロナ時代のニューノーマルとして、バーチャルの世界を自在に動き回れる「仮想人間」の重要度はさらに高まるはずだ。
(ライター 高橋学、写真提供 GU、KDDI)
[日経クロストレンド 2020年6月9日の記事を再構成]
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