ルビコン川を渡ったカエサル 禁を犯した大決断とは?

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

ユリウス・カエサル 古代ローマの将軍、執政官、独裁官。ルビコン川を渡り、ローマ帝国の成立に至る一連の流れを生み出した(credit: Georgios Kollidas)

逆境に直面した時、人々は歴史を変えるほど大きな決断を下し、劇的な大逆転を遂げてきた。そんな物語47篇を収録した書籍『逆境だらけの人類史』(日経ナショナル ジオグラフィック社刊)から、カエサルの決断を紹介しよう。

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「ルビコン川を渡る」という表現は、後戻りのきかない道へと歩み出す、その決断を下すことを意味する。

「一線を越える」とか「背水の陣を敷く」などともいう。ルビコン自体は、大した障害ではない。アペニン山脈に水源を発して東に流れ下るイタリアの小さな川で、リミニとチェゼーナの間を通ってアドリア海に注ぐ。渡るのは簡単で、それは紀元前49年1月10日も同じだった。そのとき、ユリウス・カエサルは配下の一個軍団を従えてこの川の北岸に立ち、次の一手を決めあぐねているように見えた。

カエサルが迫られていた決断は、どうやって対岸に渡るかということには関係なかった。すぐそばに橋が架かっていたからだ。彼を立ち止まらせ、思案に暮れさせていたのは、この川が象徴するものだった。ルビコン川は、当時カエサルが統治を任されていたローマの属州ガリア・キサルピナ(アルプスのこちら側のガリアの意)と、ローマおよびその周辺の直轄領から成るイタリア本土とを隔てる境界線だったのである。将軍が軍を率いてイタリア本土に入ることは、ローマの法律で明確に禁じられていた。

その禁を、今まさにカエサルは破ろうとしているのであり、彼自身、それがどういう結果を招くか重々承知していた。ルビコン川を渡ることは、カエサル本人はもちろん、彼につき従う者も死罪に問われることを意味していた。従って、もし軍団を率いて川を渡るならば、かつての盟友で今や不倶戴天(ふぐたいてん)の敵となったポンペイウスが指揮を執る軍勢を打ち破ってローマを掌握するしかなかった。それができなければ、刑死は免れない。自らの決断の重さにしばらく思いを巡らしてから、カエサルはルビコン川を渡る。ローマ内戦の火蓋が切って落とされた。

それまでの経緯

ガイウス・ユリウス・カエサルは紀元前100年、かつての富と権勢の大半を失った古い貴族の家柄に生まれた。将軍として名を成し、一族に昔日の栄華を取り戻すことを早くから目標に掲げていたようだ。紀元前60年までには、傑出した武将としてローマ軍で頭角を現し、幾多の戦功によって政治家としても脚光を浴びるようになっていた。さらに野望を推し進めるため、カエサルは自分と同じように軍人として成功し、政治家に転身したポンペイウスおよびマルクス・リキニウス・クラッススと協定を結ぶ。この同盟関係は、のちに第1回三頭政治と呼ばれるようになった。

放置すれば最大のライバルとなっていたであろう2人と手を結んだかいもあって、カエサルはローマの執政官(コンスル)に選出される。これは、共和政ローマで選挙によって選ばれる公職で最高位に当たる。この選挙においては贈収賄や不正が横行し、またカエサルが執政官の任期1年を務める間、その手法に対する疑念が駆け巡った。

しかし、執政官には在任中、たとえ罪を犯しても告発されない特権が与えられている。また、任期満了が近づくと、ここでもポンペイウスとクラッススの助力によって、カエサルには3つの属州の総督権が認められた。すなわち、ガリア・キサルピナ、ガリア・トランサルピナ(アルプスの向こう側のガリアの意で、今のフランス南部を指す)、それにアドリア海を挟んだ東岸のイリュリクムである。属州総督には執政官同様の特権が与えられていたので、カエサルは政敵がどうにかして彼に受けさせようとしていた訴追を免れ続けた。

複数の属州の総督になることで、カエサルは4個軍団を指揮できるようになった。以後10年にわたり、カエサルはこの兵力を使ってガリア地方の残りを平定、それによって巨万の富を築き、ローマ市民から絶大な人気を博するようになった。紀元前53年にクラッススが死ぬと、ポンペイウスはまだガリアにいるカエサルを出し抜くチャンスと見て、それまで対立していた元老院の政敵たち(いわゆる元老院派)と手を結んだ。

ガリア征服を成し遂げたカエサルの国民的人気を重々承知していたポンペイウスは、元老院派と結託し、カエサルを呼び戻すよう元老院に圧力をかける。それまで回避してきた訴追を受けさせようというのである。カエサルとしては意気揚々と凱旋を果たし、再び執政官に任命されるつもりだった。そうなれば今後も訴追を受ける恐れはなくなる。ところが紀元前50年、元老院はポンペイウスが望む通り、カエサル召還の命を発した。もしカエサルがこの命令に従っていたなら、おそらく反逆罪という重罪に問われ、政治生命はいうに及ばず、文字通りの命さえも危険にさらしていただろう。

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