寄り添う楽曲で人気のmilet 重なった気持ちを音に
2019年にデビューしたシンガーソングライターのmilet(ミレイ)。日本人離れしたハスキーかつ重厚感のある歌声を乗せた自作曲を武器に、わずか1年で各方面から注目される存在となった。デビュー曲となった、洋楽テイストのバラード『inside you』は、ドラマ『スキャンダル専門弁護士QUEEN』のオープニング曲に抜てきされ、11の音楽配信サイトで1位を獲得。アコースティックギターとエレクトロサウンドを融合した『us』はドラマ『偽装不倫』の主題歌となり、オリコンデジタルチャートで初の1位となった。音楽界からの評価も高く、桑田佳祐は自身のラジオで「19年邦楽シングルベスト20」の1位に、彼女のデビュー曲を選んだほどだ。
本来はこんな歌声じゃない
そんなmiletの楽曲には、どことなく"影の匂い"がするものが多い。ただそれは聴く側にマイナスに働くのではなく、逆に心を落ち着かせる安定剤のような不思議な力を持っている。しかも驚くのは、彼女が歌手になろうと、歌そして自身と向き合い始めてから、まだ3年しか経っていないということだ。
「私の曲は暗い曲が多いと言われがちなんですけど(笑)、私自身、あっけらかんとした明るい人間じゃないのも大きいかなと思います。実際、曲を作るときには私自身が本当に落ち着ける場所をゴールにしているところもあって。そこから出てくるイメージは、『海の底』や『沼』だったりしますからね(笑)。
3年くらい前の17年に、友人づたいでレコード会社にデモテープを送ったんです。そうしたら幸いにもディレクターの方からお返事をいただき、活動を始めることができました。でもその時は、歌手一本でやっていけるなんて全く思っていなかったです。
ただレッスンを重ねるなかで、歌手への思いがどんどん強くなり、デビューするにはこの歌声じゃダメだと思うようになって。本来の私の歌声はもっとストレートなもので、マイクを通して歌うとキンキンしてうるさいと自分でも感じていたんです。
そこで、自分が聴いても心地よく感じる歌声を見つけ出そうと。マイクに向かって様々な発声方法を試すことで、エアリーでありながら、ちゃんと密度は濃く、低音が広がっていくような歌声にたどりつくことができました。それが今のハスキーボイスと呼ばれているものです。
歌い方も大きく変えました。ディレクターから『日本語を日本語として意識しすぎ』とアドバイスをもらって、1音に1文字を当てるという歌い方をやめたんです。例えばミスチル(Mr.Children)さんって、短いフレーズの中にたくさんの日本語を詰め込んだりするじゃないですか。あのイメージですね。
あと、英語の楽曲も参考にしていて。1文字に複数の音が入っている英語のリズムも取り入れていています。私の場合、英語で詞を書くこともあるので、1曲の中でどちらの言葉もなじむようにするには、この歌い方はすごく合っているなと思いますね。きっとそれが、日本語っぽく聴こえないと言われる理由かなって」
自分らしい楽曲や歌い方を試行錯誤するなかで、海外では主流となりつつある「コライト」と呼ばれる(セッションで楽曲を作る)方式も取り入れるように。中島美嘉やちゃんみならを手掛け、海外でも活躍する音楽プロデューサー・Ryosuke "Dr.R" Sakaiとの出会いは、彼女をシンガーソングライターとして大きく成長させたようだ。
「ドック(Sakaiの呼称)はデビュー前にディレクターに紹介してもらい、1人ではなくセッションで曲を生み出すスタイルを学ばせてもらっています。まずドックと一緒にコードを決めて、彼がトラックのビートやドラム音を詰めていく。それが出来上がったら、私がマイクの前に立ち、トラックに合わせてひたすらいろんなメロディーを歌って録音していくんです。
ただ、これが本当にスパルタで(笑)。Aメロだけでも20個くらいのメロディーを出させられたりするんですよ。それを録り終えたら、ドックがトラックを完成させる間に、私は歌詞を書き上げ、本歌詞を入れて録るんです。なので、彼と作る時は1日で1曲完成させることも。これで私も鍛えられたので(笑)、他の人とのセッションでも常にストイックになれる。ドックには感謝しかないです」
6月3日には初のフルアルバム『eyes』をリリースした。本作に収録する、Sakaiと一緒に作った曲のなかでも、ラブソングの『Parachute』は難産だったという。
「Aメロ、Bメロなどは順調に進んだんですけど、どうしてもサビだけいいメロディーが出てこなくて…。『もうダメかな』って思いながらも、パラシュートで落ちていく自分を頭に思い浮かべて歌ったんです。そしたら、この曲に採用しているファルセットを強く効かせたメロディーが出てきて。煮詰まるのも意外と大事なんだなと学びました」
具体的に歌詞を書かない
「この曲は、『パラシュートで私は飛び降りるけど、あなたはそれについてくる覚悟ある?』と、相手を試すような内容。サビでは、『Parachute 絡まりは/Parachute It's love/Parachute ほどかずに堕ちてみたい』と歌っていますが、私は歌詞を書く際に、あえて直接的な表現は避けるようにしていて。自分がリスナーの立場だったら、『これは自分の曲だ!』と思えるものこそがいい曲だと思うんです。だから、聴いている人に考える余白が生まれるように、あまり具体的に語りすぎないことが大切。この曲も、別れの曲にも、深く愛し合っている2人の曲にも聴こえるよう、意識して作りました」
「歌詞で語りすぎない」と言うように、miletは刺激的なフレーズを並べて、強い主義や主張を声高に歌うタイプではない。むしろ楽曲を通して、聴き手に"寄り添うこと"を1番に考えているように感じられる。それは、彼女がシンガーを志すきっかけとなったエピソードにも表れている。
「もともと音楽は常に身近な存在で大好きでした。幼少期からフルートを習い、クラシックを聴いて育ったので、フルートで音大に行こうと考えていた時期もありましたし。兄の影響もあって、小学生の頃からビョークやレディオヘッドといった洋楽にも手を出すなど、いろんな音楽に触れてきました。中学・高校時代にカナダへ留学したんですが、日本に戻った後に、ある友人の前で歌を披露する機会があったんです。
その子は当時、心をちょっと病んでいて、『miletちゃんの歌声に心が本当に癒やされた』と言ってくれて。実は、私のそれまでの人生の中で、何かで人を感動させた経験が初めてで、それがすごくうれしかったんです。そのとき突然、歌手という選択肢が自分の中に生まれました。そしてデモテープをレコード会社に送ろうと。
私は楽曲制作を通して、自分が安らぐ場所を探していますが、それと同じくらい大切にしているのが、"誰かの居場所になれるような曲でありたい"ということ。例えば、社会生活を送っていると、めちゃくちゃ落ち込むこともあるじゃないですか。でもそれを顔に出さずに過ごさなきゃいけないことも多い。そんなときに心の支えになったり、『ここに自分はいていいんだ』と思ってもらえるような楽曲を目指しています」
ライブは向き合うという気持ちで
聴き手に"寄り添う"才能は、楽曲で映像作品の世界観をサポートするタイアップにおいても発揮される。アルバム『eyes』でも、全18曲中12曲がタイアップ曲と依頼は尽きない。アニメ『Fate/Grand Order‐絶対魔獣戦線バビロニア‐』(以下、FGO)に書き下ろした『Prover』は、「作品のおかげで自分の引き出しが大きく広がった」と感じたという。
「もともと『FGO』シリーズの大ファンで、アニメも見ていました。聖杯を巡って争いが繰り広げられるんですけど、善と悪という2軸で描くのではなく、その間で揺れる登場人物たちの気持ちをしっかり描いているところにすごく共感できて。殺すのは悪いことなんだけど、そこにはどうしようもない事情もある…。もし自分がその場にいたら、どうしただろうとか、キャラクターたちの気持ちと重なった部分を、なるべくサウンドに落とし込んでいきました。
この曲はストリングスも入った壮大なバラードなんですが、トラックは家で1人でピアノをポロンポロンと弾きながら作っていきました。気がついたらサビ部分で、『I'm a prover』(=私は証明者だ)と歌っていて。『FGO』は、各登場人物たちが自分の生きる道を証明していく話でもあるので、まさにこれだなと。『prover』なんて言葉、口にしたことなかったんですけどね(笑)。作品への書き下ろしは、今までの自分にない世界観を広げてくれる存在でもあるんだなと感じています」
アルバムでは『STAY』など、アップテンポでガーリーな曲にも挑戦。それはライブへの意識が強くなっていることの表れのようだ。
「アップテンポの曲を作ったのは、ライブを重ねるなかで、もっとみんなと盛り上がれる曲があったらいいなと思ったからなんです。ただ、明るい曲を作るのに慣れてなくて、逆にシリアスに考え込んじゃったりもしたんですけど(笑)。まだライブ経験が少なく、毎回反省ノートをつけているぐらいなんですが、今後はライブをこなすのではなく、向き合うという意識で臨んでいきたいと思ってます」
全18曲収録の初フルアルバム。『us』『You & I』『航海前夜』など、これまで手掛けてきた数々のタイアップ曲に加え、新録曲も多数収録。『inside you』のプロデューサーのToru (ONE OK ROCK)と再びタッグを組んだ『The Love We've Made』は、アコースティックギターにmiletの優しい歌声が響く新境地の1曲。(ソニー/2900円)
(ライター 中桐基善)
[日経エンタテインメント! 2020年6月号の記事を再構成]
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