起業に失敗、傲慢さ思い知る

――米国のスタンフォード大学から帰国してベンチャーを立ち上げました。起業家になろうとしたのですか。

「研究者をやめたわけではありません。もちろんベンチャーがうまくいっていれば、大きな成功なのでそちらに軸足が移ったと思います。でも、単純に事業が成功しなかったのです。起業家というのはリスクを取ってやるかどうかだ、と語る人もいますが、そういうものではありません。プロ野球選手と同じで、憧れの職業であるという認識が正しいと思います。僕は憧れてやろうしたけど、才能がなかったというわけです」

「研究者として成功するのと、起業家として成功するのは全く違います。自分は研究の世界で活躍できたのだから、起業しても努力すればなんとかなると思っていました。だけど、それは傲慢でした。起業を体験してみて才能はないと痛感しました。さらに言えば、世の中に才能なんてものはなく、単に、その人の性質と、その人のいる環境があっているかどうかだ、と考えるようになりました」

米国から帰国して、ベンチャーを立ち上げたがうまくいかなかった(米スタンフォード大時代の学会での訪問先で、右が松尾氏)

――具体的にどのように起業家向きではないのですか。

「僕は物事を抽象化するのは得意です。産業の重要性もよく理解していますが、具体的な事業の話になると興味がだんだん薄れてゆくのです。お金をもうけるのは具体的なところにどこまでこだわっていけるかにかかっています。僕は『知能とは何か』といった抽象的なテーマはとことん突き詰めるタイプだから、研究者としては合っていると思います。だけど、起業家は性質的にあっていません」

「もう一つ理由があります。人を励ますのが下手なんです。研究の世界は勝ち負けがはっきりしています。客観的に評価されて、忖度(そんたく)はありません。しかし、事業をやるとなると、ダメな人でもほめなくてはいけない場面がでてきます。でも、僕は良くないモノをどうしても良いと言えないのです。根が研究者としての設定になっているんでしょう」

次のページ
若い人材の「いいメンター」になりたい
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら