コロナと同じ深刻さ バッタ禍の第2波が招く食糧危機
「この…大群は…恐ろしい」
アルバート・レマスラニ氏は2020年4月、アフリカ、ケニア北部で息を弾ませながらこう言った。レマスラニ氏は自身を撮影した動画のなかで、サバクトビバッタの群れをはたきながら歩いている。体長5センチ余りのサバクトビバッタは厚い雲のように同氏を取り囲み、1万組のトランプが一斉に切られているかのような羽音を立てる。
「数百万匹はいます。あちこちで…食べています…悪夢が現実になったような光景です」。レマスラニ氏はうめくように語った。
最大2500万人が食料不足に
レマスラニ氏(40)はケニア中部の村オルドニイロに家族と暮らし、ヤギの世話をしている。ヤギたちは低木や高木を食べて生きている。レマスラニ氏は地元の言い伝えでしかサバクトビバッタを知らなかった。ところが20年、食欲旺盛なサバクトビバッタの大群が数十年来の規模で東アフリカに押し寄せた。
サバクトビバッタは底なし沼のような食欲の持ち主で、農業に壊滅的な被害をもたらす恐れがある。成虫は自身の体重と同じ量の植物を1日で食べることができる。サバクトビバッタの体重は約2グラムだ。群れはニューヨークを埋め尽くしても余りある規模の700億匹に達することもあり、その場合、約13万6000トンもの作物が1日で失われる計算になる。もっと小さな4000万匹の群れでも、3万5000人分の1日の食料に匹敵する量の植物を1日で食べてしまう。
今回の大量発生は、エチオピアとソマリアでは過去25年、ケニアでは過去70年で最悪の規模となっている。一帯は作物の生育期を迎えており、新型コロナウイルスの影響で対策が難航している間に、サバクトビバッタの群れは増殖している。国連食糧農業機関(FAO)は、東アフリカの最大2500万人が20年、食料不足に見舞われると試算している。
FAOによれば、エチオピア、ケニア、ソマリア、ジブチ、エリトリアの約1300万人がすでに「深刻な食料不安」に陥っているという。深刻な食料不安とは、丸1日何も食べられないか、食料が底を突いている状況のことだ。
レマスラニ氏は「私たちは将来の心配をしています。このような大群が押し寄せれば、家畜を食べさせることができなくなるためです」と語る。農業従事者は作物の心配もしている。「神がバッタを消し去ってくれるよう、私たちは祈りをささげています。新型コロナウイルス感染症と同じくらい恐ろしい存在です」
群生タイプに「変身」
サバクトビバッタは湿った場所に産卵するため、乾燥地域に大雨が降ると大発生する。植物が近くにある砂地に産卵すれば、幼虫は羽が生え餌を求めて飛び立つまで、そこで生き延びることができる。
サバクトビバッタは通常、分散する空間があれば、互いを積極的に避ける。しかし、環境が良好な場合、個体数は3カ月ごとに20倍まで増える。個体数の急増によって密度が高まると、ある行動の変化が誘発される。「孤独相」から社会的な「群生相」に変わり、大群を形成するのだ。
近年、繁殖と移動の条件はただ良好なだけではない。まさに理想的な条件だ。18年から19年にかけて、海水温の異常な上昇と関連づけられているサイクロンがインド洋から次々と上陸し、「何もない一角」と呼ばれるアラビア半島の砂漠が水浸しになった。その後、サバクトビバッタが急増した。
「私たちは砂漠と聞くと、しばしば過酷で生産性の低い環境を思い浮かべます。多くの場合、その通りです」と、ナショナル ジオグラフィックの支援を受けている昆虫学者で進化生物学者のディノ・マーティンズ氏は話す。同氏がエグゼクティブディレクターを務めるケニア北部のムパラ研究センターでは、サバクトビバッタのゲノム配列を決定し、孤独相から群生相への変化を誘発する環境因子、遺伝因子を突き止めようとしている。「(砂漠が)最適な環境になると、彼らは素早く変化し、生物学的に活発な状態に移行することがあります。簡単に言えば、私たちが今見ているのはそのような状態です」
19年6月までに、サバクトビバッタの大群は移動し、紅海を渡ってエチオピアとソマリアに到達。そして、10~12月に東アフリカで降り続けた異常な大雨に助けられ、南のケニア、ウガンダ、タンザニアまで拡大した。
バッタたちが東アフリカに上陸してからは良好な繁殖条件が続いているため、群れはその規模を拡大し続けている。FAOで東アフリカの回復チームを率いるシリル・フェランド氏は「20倍かどうかはわかりませんが、(個体群は)はるかに大きくなっています」と話す。FAOは、サバクトビバッタの状況を世界規模で監視している。
19年後半、サバクトビバッタの第1波が到来したとき、ほとんどの作物は成熟期に達していたか収穫後だった。しかし、第1波より大規模な現在の「第2世代」は、何よりタイミングが気掛かりだ。
東アフリカでは、主要な作物の生育期が3月中旬ごろに始まる。この時期はバッタの攻撃を特に受けやすいと、慈善団体ファーム・アフリカで農業技術の責任者を務めるアナスタシア・ムバティア氏は言う。「(バッタに)新芽を食べられたら、作物は生育できません。種をもう一度まくしかありません」。しかし、生育に最適な天候はもう終わっているため、2度目の栽培は失敗する可能性が高い。
殺虫剤の散布も困難
バッタの爆発的な増加を食い止めるため、政府はしばしば空中あるいは地上から殺虫剤を散布する。しかし、FAOのフェランド氏は、新型コロナウイルスが世界的に流行しているため、殺虫剤を調達するのが難しいと述べている。「供給の遅延が発生しています。航空便が世界規模で減少しているため、今は(殺虫剤の在庫)管理が通常と全く違う状況になっています」
バッタの大発生をあまり経験したことがないケニアのような場所では、殺虫剤をどこに散布すべきかの判断がさらに難しくなっている。バッタの飛行パターンは主に風によって決まり、1日に約130キロの距離を移動することもある(1988年には、サバクトビバッタがわずか10日間で西アフリカからカリブ海に到達している)。
長距離を高速で移動するバッタの群れを追跡するため、FAOは現地に暮らす人々からの情報を頼りにしている。レマスラニ氏も情報提供者の一人で、1月に自らバッタの大群の追跡を開始した。
レマスラニ氏は広範な人脈を活用し、バッタの群れを見かけた人から電話をもらうようにしている。電話を受けたらバイクタクシーに乗って群れがいる場所に急行、eLocust3mというモバイルアプリに座標を入力している。eLocust3mは米ペンシルベニア州立大学のプラントビレッジ・プログラムを主催するデイビッド・ヒューズ氏らがFAOの依頼で開発したアプリ。追跡データは政府と共有され、政府が最善策を判断することになる。
レマスラニ氏は自宅の外で降り始めた雨から身を守るため、肩に赤いショールを巻きながら、ビデオチャットで次のように語った。「私の家は貧しく、オルドニイロのカトリック教会の資金援助を得て、小学校から高校まで通うことができました。私は会ったこともない人に助けられたのです。支援者にお金を返すことはできませんが、立派な行いでコミュニティに恩返しをしたいと思っています」
(文 HALEY COHEN GILLILAND、写真 DAVID CHANCELLOR、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年5月18日付]
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