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北海道大学植物園(札幌市)で野外展示されている日本最初の輸入製粉機。明治時代、輸入した単純な製粉機から始まった日本の製粉が、今日では独自の進歩を遂げている

さらに、産地などによって異なる小麦の種類、ふるい分けた多種の粉同士の配合によって、膨大な数の組み合わせとなり、多様な性質の粉ができる。コロナ禍の自粛のなか、品薄と転売で話題となっているホットケーキミックスなどは「プレミックス」と分類されるが、これらではさらに、砂糖、でんぷん、乾燥卵、調味料などの副材料の配合があり、一層複雑で多彩な製品ができることになる。

ところで、日本が小麦輸入国になった理由はいくつか考えられるが、一つは、穀物供給については麦作よりも稲作に力を入れてきたことが挙げられるだろう。日本の土壌はやせた火山灰土が多く、畑作が得意な地域は限られる。一方、高温多雨で、稲作には向いている。そこで古来水稲作が行われ、とくに戦後は各種の技術革新で米穀の供給量を伸ばした。その一方、敗戦後のララ物資で小麦粉が欧米から供給されたことを端緒に、小麦は輸入するものという形が定まったと言える(※ララ物資は、太平洋戦争後に飢餓状態にあった日本に向けて、アメリカで設立された団体のLARA(Licensed Agencies for Relief in Asia=アジア救援公認団体)が日本へ送った支援物資。パンと脱脂粉乳で知られる戦後の学校給食のスタートのきっかけともなっている)

日本最初の輸入製粉機の碑文

しかし、日本の小麦の利用史自体は長い。たとえば、小麦栽培に向く地域だった北関東や讃岐はうどんが古くから名物となっている。ほかにも古くからある小麦粉を使う食品として、そうめん、ほうとう、すいとんなどがあり、まんじゅうなどの菓子もある。近代以降にはパン、ビスケットなどの菓子、中華麺、パスタなどが作られた。

パンは、食パンや菓子パンなどの日本式のパンのほか、現代では欧米風の味も伝えるスクラッチベーカリーが街ごとにある。洋菓子は、街のケーキ店以外に、製菓企業の多彩な菓子がある。戦後はお好み焼きやたこ焼きなど新しい“粉もん”が登場している。また、小麦粉が脇役ながら味を大きく左右する天ぷらもある。これらのそれぞれに、さまざまな料理人、メーカーの個性、要求が発揮され、それに合った品質の小麦粉が求められてきた。そして、製粉企業がそれぞれに異なるニーズに対して細かく対応してきた結果、日本の製粉技術が向上したと言えるだろう。

今年2月、日清製粉グループで家庭用小麦粉やパスタなど各種の食品を扱う日清フーズの新製品発表会では、同社は海外に向けて天ぷらやお好み焼きなど日本の“粉もの”料理のプロモーションに力を入れているという説明があった。私はちょっと意地悪く「日本の粉もの料理に興味を持った人が、海外で地元メーカーの小麦粉を買ってしまうのではないか」と質問した。会社の答えは、やはり日本の小麦粉を使ったほうがうまくできるということを伝えていくということだった。それには自信があるとも。

そのとき、以前、ことあるごとに話を聞きに会いに行っていた日本のあるファストフードチェーンの商品開発者が、日本の製粉企業を激賞していたことを思い出した。彼はこの道四半世紀の手練れで、ヒットメーカーとして競合社にも知られた人だったが、小麦粉を使う商品については日本の製粉企業の技術力と対応力のおかげで成果を上げられたと繰り返し言っていた。とにかく、日本の製粉技術はすごいという。

もう一つ思い出すのは、米国在住の経験がある複数の友人・知人の証言だ。彼らによれば、「米国のスーパーで売っている小麦粉は、だいたいはオールパーパス(all purpose Flour)。あってもブレッドフラワー(bread flour)が加わるぐらい」だという。調べてみると、前者は日本でいう中力粉に近く、後者は同じく強力粉に近い。しかし、米国の消費者は、だいたいは何でもオールパーパスで済ますものらしい。日本の薄力粉に近いケーキフラワー(cake flour)はどのスーパーにもあるわけではなく、業務用の印象があるようだ。

かくして、「日本で製粉した小麦粉を100%使用」と表現するように、日本は小麦という作物ではなく、小麦粉という工業製品、いや食文化を輸出する国になったのだ。

(香雪社 斎藤訓之)


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