万年氷が解けたら 現れたバイキング時代1000点の遺物

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

1000年前の木製のハミ。1930年代に農場で育った女性が確認するまでは、謎の物体だった。これを動物の子どもにくわえさせて母親のミルクを飲むのを防ぎ、人間がミルクを利用した(PHOTOGRAPH BY ESPEN FINSTAD, SECRETS OF THE ICE)

始まりは、1800年前の衣服だった。ノルウェー南部の山の、氷が解けた跡から古代のウール製チュニックが発見された。貴重な遺物を同僚が梱包している間、考古学者ラース・ホルガー・ピロ氏は、もう1人の同僚とともに霧に包まれた氷の跡をたどっていった。

薄暗い中に目を凝らしたピロ氏は、気がついた。今、見ているのは、何百年もの間、日の目を見ることのなかった遺物の散らばる原野なのだと。壊れたそりや道具など、2000年近く前の生活の痕跡が、地球温暖化により急速に解けゆくレンブレーン氷原に点々と散らばって埋もれていたのだ。

「本当に特別な物を見つけたことに気がつきました。大鉱脈を掘り当てたようなものです」とノルウェー、オップラン県で氷河考古学プログラムを率いるピロ氏は話す。

ピロ氏たちのチームは、見つかった遺物について2020年4月16日付の学術誌「Antiquity」に発表した。当時のまま文字通り「凍結」された遺物が、1000点以上も発見されたのだ。

遺物は、西暦300~1500年ごろの、峠の街道の様子を物語る。この道は、オッタ川沿いの居住地と高地にある夏の農場を移動するのに使われたと見られる。荒野を行き交う旅人たちは、蹄鉄から調理器具、衣料品まで、あらゆる物を残していった。こうして忘れ去られた物の上に何世紀にもわたって雪が降り積もり、最終的にレンブレーン氷原となった氷の中で保存されたのだ。

この氷(アイスパッチ)は、標高の高い場所に位置し、氷河とは似て非なるものだ。氷河に閉じ込められた物は、移動する氷塊に揉まれ、やがて粉々になってしまう。だがアイスパッチは動かない。そのため遺物は、氷が解けるまで、極めて良好な保存状態でそのままの位置に残される。

ピロ氏らは、今回見つかった1000個の遺物のうち60個について、放射性炭素による年代測定を行った。結果、この峠で人間活動が始まったのは、良好な気候条件に恵まれ、地域の人口が急増した西暦300年頃だったことが明らかになった。人の往来は、バイキングの時代の西暦1000年頃にピークに達したが、経済や気候の変化により、1340年代に黒死病(ペスト)がノルウェー中で猛威を振るう前から、すでに減少傾向にあった。

謎の遺物の正体は

レンブレーン氷原で見つかった遺物には、そりや、珍しく完全に残っている3世紀のウールのチュニック、ミトン、靴、かくはん器などの日用品が含まれていた。ピロ氏のお気に入りの1つは謎の物体だったが、地元の博物館に展示した際、年配の女性が説明してくれて初めて詳細が判明した。それは丸く削られた小さな木の棒で、子ヤギや子ヒツジが母親の乳を飲まないようにくわえさせるハミとして使われた可能性が高いという。ヤギやヒツジのミルクを人が利用するためだ。

ナショジオメルマガ
注目記事
次のページ
遺物を保管してきた氷が解けている
ナショジオメルマガ