伝統の技と先人の情熱 ぬくもり感じる木造の橋10選

地域の人に愛され、守られてきた木造の橋が全国にある。伝統の技が、強くて柔らかい姿を継承し、自然に溶け込む。造形が美しい、今も渡れる現役の木橋を専門家が選んだ。
1位 錦帯橋
5連構造、四季の景観とともに
6人の専門家が1位に選んだ。中央は3連のアーチ橋、両端は桁橋の5連構造。6種類の特性の違う木材を組み合わせ、板の間にくさびを打ち込んでアーチを形成した「日本が誇る木橋技術の粋を体現した橋」(渡辺浩さん)。「裏側は幾何学模様のような構造美」(森川勝仁さん)で、「300年以上デザインが受け継がれている」(谷川充さん)。
春は桜、夏は花火、秋の紅葉に冬の雪化粧と四季折々の姿を見せる。岩国城を望む山々や周辺の町並みとも調和。地域住民の生活に密着した「岩国のシンボルで木橋中の木橋」(植野芳彦さん)。
1950年の台風で流失した際にはコンクリートで再建する声もあったが、市民の強い要望で木材で再建した。架け替えは老朽化対策として2000年代に入っても実施しており、「幾度も改良されながら完成された複雑な構造は、世界に類例がない」(佐々木貴信さん)。中学生以上は往復で310円(小学生150円)が必要。
「歴史を知ると先人の情熱が伝わってくる」(王麗華さん)といい、山口県や岩国市は世界遺産への登録を目指す。
(1)全長 193.3メートル(2)アクセス JR岩国駅からバスで約20分(3)http://kintaikyo.iwakuni-city.net/
2位 伊勢神宮の宇治橋
日常と神聖な世界 結ぶ

内宮への入り口を流れる五十鈴川に架かる宇治橋は日常と神聖な世界を結ぶとされ、「神宮にふさわしい神々しい橋」(植野さん)。大鳥居を正面に眺めながら進むと神聖な空気を感じられる。
「現存する木橋としては最も歴史がある」(渡辺さん)といい、「1464年に現在と同じ場所に架けた記録がある」(谷川さん)。20年ごとに架け替えており、現在の橋は2009年に完成した。
「非常に丁寧に造られていることが見ただけで分かり、丸い欄干に通る人への優しさや温かみを感じる」(山脇裕さん)。橋の上を歩くだけでは気づきにくいが、橋脚も美しい木造。床板や欄干はヒノキ、橋脚には水に強いケヤキが使われている。周囲の深い緑と白い橋のコントラストが美しい。
欄干の柱の上のネギの花に似た装飾を擬宝珠(ぎぼし)という。「橋の西詰北側の擬宝珠に橋の安全を祈る萬度麻(まんどぬさ)というお札が納められており、人気のパワースポットでもある」(森川さん)。
(1)101.8メートル(2)近鉄五十鈴川駅から徒歩で約30分(3)https://www.isejingu.or.jp/about/naiku/ujibashi.html
3位 鶴の舞橋
ヒバで3つのアーチ、背景に岩木山

「津軽富士」と呼ばれる岩木山を映す津軽富士見湖に1994年、全長300メートルの日本一長い3連太鼓橋として架けられた。「シンプルな構造だが、3連のアーチ状の造形が美しい」(佐々木さん)
「地元の銘木である耐久性の高い青森ヒバで造られ、橋脚までヒバを使った珍しい橋」(小塩稲之さん)。途中には休憩所が2つあり、「目の前に広がる景色をゆっくり味わえる」(太田哲也さん)。
鶴田町にはかつて多くの鶴が飛来した。橋の近くにはタンチョウヅルを飼育する「丹頂鶴自然公園」もある。晴れた日、「夜明けとともに鶴のように浮かび上がる姿も絶景」(依田正広さん)。「2羽の鶴が羽根を広げた形が背景の岩木山に映えて美しい」(渡辺さん)
鶴の舞橋観光ガイドの会の竹浪正顕会長は「振り返れば八甲田山の山並みが見える。四季、時間ごとに変わる景観を楽しんでほしい」と話す。
(1)300メートル(2)JR陸奥鶴田駅からタクシーで約10分(3)https://www.medetai-tsuruta.jp/web_magazine/story.html
4位 こおろぎ橋
ヒノキ造り、昨年架け替え

総ヒノキ造りの山中温泉のシンボル。名前はかつて行路が危なかったので「行路危」とも、コオロギに由来するとの説も。2019年に架け替えたばかりで「真新しいヒノキが白く輝く」(渡辺さん)。「地域や管理者の理解もあり、同じ形式で再建された」(佐々木さん)。全長は約20メートルと短いが「在来工法と近代技術を融合し、部材を組み合わせた姿が渓谷の景観と合う」(植野さん)。
自動車も通れる、一般道に架かる珍しい純木橋。「桜や紅葉など、どのシーズンでも絵になる」(山脇さん)。
(1)20.8メートル(2)JR加賀温泉駅からバスで約35分(3)http://www.tabimati.net/midokoro/detail_kanko.php?p=3981
5位 蓬莱(ほうらい)橋
全長897.4メートル、富士山も一望

世界一長い木造歩道橋としてギネス記録ももつ。全長897.4メートルは「厄無し(8974)と長生き(長い木)という語呂合わせで縁起の良い橋として知られる」(小塩さん)。江戸時代は架橋が許されなかった大井川。「明治時代に架けられ、かつてはもっと長かった」(渡辺さん)
はるか遠くまで真っすぐに伸びる姿は圧巻。中ほどからは富士山を望める。「在来工法の木橋で、タイムスリップしたような錯覚が得られる」(植野さん)。中学生以上の通行料金は100円(小学生は10円)。
(1)897.4メートル(2)JR島田駅から徒歩約20分(3)http://shimada-ta.jp/tourist/tourist_detail.php?id=2
6位 桃介橋
資材運搬、大正時代に建設

1922年(大正11年)、木曽川の水力発電開発に力を注いだ電力王・福沢桃介(ももすけ)が資材の運搬用に架けた巨大なつり橋。「大正時代にここまで長い木造のつり橋を建造した技術がすごい」(依田さん)。中央部にはトロッコのレールの痕跡が復元してある。「軌道橋であった当時の姿に想像力を膨らませると楽しい」(山脇さん)
川幅が広い所にあり「木曽川の清流と白い岩石、山々が調和した絶景」(小塩さん)。5月の連休明けから8月上旬まで修理で通行禁止となる。
(1)247.8メートル(2)JR南木曽駅から徒歩約5分(3)http://www.town.nagiso.nagano.jp/kankou/midokoro/nagiso/midokoro_38.html
7位 神橋(しんきょう)
朱塗り、聖地の表玄関に

日光二荒山(ふたらさん)神社が所有し、聖地・日光の表玄関にふさわしい朱塗りの木橋。重要文化財で、同神社の本殿とともに世界遺産に登録されている。10位の猿橋と同様に「基本的には橋脚が不要なはねばし」(谷川さん)。
現在の姿になったのは江戸時代の初期とされる。「橋桁が両岸に差し込まれたカンチレバーという工法で、当時の大工技術の高さに感心する」(佐々木さん)。「日本三奇橋」に数えられることもある。「蛇が姿を変えて現れたという伝説があり、凜(りん)とした空気が漂う」(王さん)。5月6日まで閉鎖中。
(1)28メートル(2)JR日光駅から徒歩約20分(3)http://www.shinkyo.net/shinkyo.shtml
8位 河童橋
上高地周辺の山々と調和

上高地のシンボルで観光の拠点。「木製のつり橋は穂高連峰など周囲の山々との調和が美しい」(太田さん)。名前の由来は諸説あるが、芥川龍之介が小説「河童」で河童橋を描写しており、「訪れれば小説に興味を持ち、読みたくなる」(王さん)。
冬場は登山の覚悟が必要だが、「人が少ない雪景色の河童橋は穂高連峰とともに絶景」(依田さん)。上高地は4月17日に開山し道路は開通しているが、5月6日までは上高地に向かうバスや現地の観光施設などは休業中。
(1)36メートル(2)アルピコ交通上高地線新島々駅からバスで65分(マイカーでは入れない)(3)https://www.kamikochi.or.jp/
8位 祖谷(いや)のかずら橋
ギシギシ揺れてスリル満点

秘境、祖谷渓に架かるつり橋。ケーブルにツル植物のシラクチカズラを巻いて安全性に配慮。3年ごとに架け替える。「木々に囲まれて野性味があり、人工的な橋と異なる魅力がある」(太田さん)。板木の隙間が広く「眼下の川がよく見えてスリル満点」(森川さん)。
「日本三奇橋」の一つとされ、国指定重要有形民俗文化財。「ギシギシと揺れる橋を、手に汗握って渡る経験は子供の記憶に残る」(王さん)。中学生以上は550円、小学生は350円。5月6日まで休業中。
(1)45メートル(2)JR大歩危(おおぼけ)駅からバスで約30分(3)https://miyoshi-tourism.jp/spot/iyanokazurabashi/
10位 猿橋
4層のはね木で支える

「日本三奇橋」の一つに数えられる。橋脚を使わずに両岸から張り出した4層のはね木で支える特殊な構造は「まるで小さい家のようで楽しい」(山脇さん)。「雨による腐食を防ぐ小さな屋根が独特の雰囲気を醸し出している」(森川さん)
7世紀ごろ、猿がつながり合って対岸へ渡る姿からヒントを得た伝説が名前の由来という。浮世絵師の歌川広重もこの橋を描いた。「江戸時代から奇橋として知られ、大月観光とセットで楽しめる」(小塩さん)。現在の橋は1984年に架け替えた。
(1)30.9メートル(2)JR猿橋駅から徒歩15分(3)https://otsuki-kanko.info/category/content-page/view/31
まちづくりに活用 伝統技術を次代に
木橋は強度を高める伝統的な技術が独自の造形美を生み、木のぬくもりや柔らかさが水辺の景観を引き立てる。2017年からは建設技術や維持管理の伝承、木橋を生かしたまちづくりについて専門家が議論する「全国木橋サミット」が開催されている。初回は3位に入った「鶴の舞橋」がある青森県鶴田町で開かれた。19年は「錦帯橋」(1位)がある山口県岩国市で開催。今年は11月に「こおろぎ橋」(4位)がある石川県加賀市で開かれる予定だ。
木橋は建設費、維持費が高く、水害で鉄橋などに架け替えられることも多い。6位の桃介橋は老朽化で一時は廃橋寸前となったが、地域の保存・活用の声で公園とともに復元して整備された。
現在は休館しているが、江戸東京博物館(東京・墨田)には江戸時代の実物の半分を再現した日本橋が展示されている。「真下から構造を直接見られる貴重な現場」(木橋技術協会の谷川充理事)という。外出自粛が続くが、木橋は写真を見るだけでも地域の人たちの思いがわかるようで何だか楽しい。
ランキングの見方
数字は専門家の評価を点数化。名称(所在地)(1)全長(2)アクセス(3)情報サイト。写真は2、6、10位三浦秀行撮影。1位岩国市観光振興課、3位鶴の舞橋観光ガイドの会、4位山中温泉観光協会、5位島田市観光協会、7位日光二荒山神社、8位(河童橋)松本市アルプス山岳郷提供、8位(祖谷のかずら橋)三好市観光協会。
調査の方法
人が通れる全国の木橋から専門家の協力で26カ所をリスト化。技術の高さや造形の美しさ、周囲の景観などの観点から専門家が1~10位までを順位付けし、編集部で集計した。(大久保潤)
今週の専門家
▽植野芳彦(富山市政策参与)▽王麗華(いこーよ広報室)▽太田哲也(阪急交通社国内仕入二課長)▽小塩稲之(日本観光文化協会会長)▽佐々木貴信(北海道大学大学院教授)▽谷川充(木橋技術協会理事)▽森川勝仁(アーバンパイオニア設計社長)▽山脇裕(特殊高所技術課長)▽依田正広(橋梁写真家)▽渡辺浩(福岡大学工学部教授)=敬称略、五十音順
[NIKKEIプラス1 2020年4月25日付]
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