日経ARIA

現場の営業経験が木工の仕事に生きる

水上さんは大学を卒業した後、システムキッチンのメーカーに就職。「当時、文系の女性が配属されることが多かった人事部や総務部にはあまり興味がなくて、面接では『営業をやりたいです』と希望しました」

木工職人の水上由貴さん。「小さい頃から絵や工作が好きでした。器用とか才能とかよりも、好きだからできるということでしょうね」

入社してみると、女性の営業職はほぼ自分1人。大手ハウスメーカーの担当になり、新築の戸建てに納入するシステムキッチンの受注から、現場への搬入、据え付けの管理まで一切を任されました。

現場監督と工期の打ち合わせ、配送の手配や、据え付け工事を頼む職人の手配はもちろんのこと、「システムキッチンにはサイズが大きいものもあり、実際に運び込めるかどうかの確認が重要です」。現場の前の道に大型トラックは入れるか、小型でないとダメか。品物を運び込むときに、玄関を通れるか、階段を曲がれるかなど、すべて事前に寸法を確認しておく必要があります。1つでも確認が漏れてその日に搬入できなければ、顧客の引っ越しの予定などにも影響し、一大事になります。

「現場への納め方を営業のときに全部経験したことが、今は役立っています」。おかげで、大型家具の搬入でトラブルは一度もないそうです。

師匠との出会いでものづくりの道へ 職人として独立

営業職だった当時、納める新築住宅の設計に合わせた特注品の製作がときどきあったと言います。顧客の要望や現場の寸法を元に図面を描き、木工所に発注をしていましたが、その度に「自分でも作ってみたいなあ、と思っていました」

子どものころから絵を描いたりものを作ったりするのが大好きだった水上さん。たまたま知人に「木工をやってみたい」という話をした際に紹介されたのが、師匠の竹之内さんでした。仕事を続けながら2週間に1度、土曜日に竹之内さんの工場に通って学び始めました。

(左)小学校6年生のときに初めて作った木工作品のレターケース。集めていた切手の絵柄「鳳凰(ほうおう)」を前面に彫刻。(右)高校2年生のときに作った木彫りの「アジの開き」。本物と間違えた人もいるそう

キッチンメーカーに4年ほど勤めた後に退社。「師匠のところに行き始めてから、いずれは木工で独立したいと思うようになっていました」。会社を辞めて、まずは以前から興味を持っていた中国語を学ぶために、1年7カ月の語学留学で北京へ。「いい機会なので、中国の家具の工場もいろいろ見て歩きました」。帰国後は再び竹之内さんの工場でさらに腕を磨き、2005年に自分の工房を立ち上げました。

どうやって実現するか、1から考えることも

既製品で満たせない使い手のニーズにぴったり合わせられるのがオーダーメードの醍醐味だと言う水上さん。安い家具が豊富で手軽に入手できる時代であっても、オーダー家具を求める人は必ずいると言います。

食器棚であれば、依頼主が普段どんな食器を使っているのか、お皿のしまい方は重ねるのか、立てて並べるのかなどを詳細に聞いて寸法を考え、引き出しや金物の提案をします。テレビ台なら所有しているDVDの枚数を聞き、最適の収納量に設計します。

ときには、どうやって実現したらいいかを1から考えることもあります。工房の前を通りかかった人から、クルマの荷室に愛犬が乗れる台をぴったりに作ってほしいという依頼を受けたり、曲面の壁に作り付けのわん曲した収納家具を製作してほしいと頼まれたり。「いろんなことをやってみると、それが経験になって思わぬときに役立ったりするんですよね」

(左)四方に引き出しを付けたダイニングテーブルのセット。(右)照明付きの飾り棚は企業のショールームに設置
曲面の壁に沿って作り付けた収納家具とベンチ。収納家具は隣り合う引き出しが干渉しないように設計
次のページ
ものづくりの楽しさを地域で伝える