日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/5/11

ストレス源に「近い」ほど悪夢が増える

夢は幻覚とよく似ている。マクナマラ氏によると、夢を生み出す神経生物学的な信号と反応は、幻覚剤で引き起こされるものに近いという。

幻覚剤は「セロトニン5-HT2A」と呼ばれる神経受容体を活性化させ、これにより脳の「背側前頭前野」と呼ばれる部分が働かなくなる。その結果、意識によって感情が抑えられなくなる「感情的脱抑制」という状態に陥る。これは特に、夢を見るレム睡眠で起こることと同じだ。

このプロセスは毎晩起こるが、ほとんどの人は見た夢を覚えていないことが普通だ。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックのさなか、孤独やストレスが高まるせいで、夢の内容が影響を受けたり、夢を覚えていることが多くなったりしている可能性があるという。

例えば不安や運動不足は、睡眠の質を低下させる。頻繁に目が覚めれば、思い出せる夢も増える。表に出なかった感情や前日の記憶も、夢の内容や夢の中での感情的な反応に影響する可能性がある。

2020年3月から進行中のフランス、リヨン神経科学研究センターの研究によると、新型コロナウイルスのパンデミックは、夢を思い出せる回数を35%増加させ、悪い夢を通常より15%増やしているという。イタリア睡眠医学会が進める別の研究では、感染拡大のさなかに閉じこもり生活を強いられたイタリア国民の夢を分析した。回答者の多くは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状と同じような悪夢や頻繁な目覚めを経験している。

「驚くことではありませんが、2009年に発生した(イタリア中部の)ラクイラ地震の生存者を数年前に調査したとき、睡眠障害や悪夢は、震源地との近さに厳密に依存していることがわかりました」と、今回のイタリアでの研究に携わっているローマ大学の生理心理学の教授ルイージ・デ・ジェンナーロ氏は話す。「つまり、震度と睡眠障害のマップがほぼ一致したのです」

現在進行中の研究の結果からは、パンデミックの脅威に近い人、つまり医療従事者や感染拡大の中心地の住民、あるいは家族に感染者がいる人ほど、新型コロナウイルスに影響された夢を見る可能性が高いことが示唆される。

悪夢の2つのパターン

覚醒時の活動が、夢の内容に影響を与える記憶のスライドを作り出すことは、多くの研究で示されている。日中から持ち越した感情は、夢の内容やその感じ方に影響しうる。隔離中に独りで閉じ込められ、日常の記憶のネタが減ったり制限されたりすることで、夢の内容が限定されたり、潜在意識がより深いところにある記憶に届いたりすることがある。

当たり前だと思うかもしれないが、フィンランドの研究者らは、心が平穏だといい夢を見やすいことについて、科学的な裏付けを進めてきた。反対に、不安は「夢への悪影響」をもたらし、恐怖や動揺する夢になるとデータが示している。

次のページ
悪夢を克服する技