日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/5/11

米ハーバード大学の心理学の助教授で、睡眠に関する本『The Committee of Sleep(睡眠委員会)』の著者でもあるディアドラ・バレット氏は、2001年9月11日の米同時多発テロ事件などトラウマになる出来事の生存者を対象に、夢の収集と分析を行った。その結果、トラウマを処理する夢には、2つのパターンがあることを発見した。1つは、出来事をそのまま参照したり再現したりするもの。もう1つは、トラウマの要素が象徴的に現れる幻想的な夢だ。

バレット氏は、新型コロナウイルスに影響された夢についてのアンケート調査を3月から始めた。なかには、ウイルスに感染した夢や感染症で死にゆく夢を見たとの回答もあった。別の例では、回答者はウイルスの恐怖を、虫やゾンビ、自然災害、怪しい人影、怪物、銃を乱射する人など、比喩的な要素に置き換えていた。

「医療従事者を除けば、人工呼吸器を装着した人の鮮明な視覚イメージを夢に見た人はいませんでした」と氏は話す。「ウイルスは目に見えません。それが、多種多様なものに変換される理由だと思います」

悪夢を克服する技

パンデミック・ドリームの報告は様々だが、その多くに共通していることの1つは、それらの夢が実に奇妙に思えるということだ。「これは、睡眠中の脳が感情の調節に用いるメカニズムの1つなのかもしれません」と、フランス、リヨン神経科学研究センターの研究者ペリーヌ・ルビー氏は話す。

新型コロナウイルスによる悪夢を見る人にとって参考になる話がある。いわば「夢を操る熟練の技」が苦しみを和らげるという証拠が増えているのだ。

バレット氏は、患者と夢の「脚本を作る」作業に取り組んでいる。その際、悪夢をどのように変えたいかとよく質問する。患者は、夢の新たな方向性を見つけ出すと、それを書き留めておき、寝る前にいちど思い描いてみる。こうした脚本は、例えば襲撃者を撃退するなどの現実的な解決策から、襲ってくるものをアリの大きさに縮めるなどの「夢らしい」シナリオまで多岐にわたる。

悪夢をある程度コントロールしたい人は、「奇妙なこと」に焦点を当てるといいかもしれない、とルビー氏は語る。「物理法則を曲げるなどして背景を変えれば、視点が変わり、別の切り口を思いつくかもしれません。常識を変えれば、感情を変えたり抑えたりするのに役立つかもしれないのです」

(文 REBECCA RENNER、訳 牧野建志、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年4月17日付]