犬と馬の間にもある「遊びの共通言語」 素早く顔まね
イヌが相手を遊びに誘う行動はわかりやすい。前脚を伸ばして頭を低くし、尾を振って、まるで「楽しもうよ!」と言っているかのようだ。それから2頭は、互いの動きに合わせるように追いかけあい、跳ねまわり、パンチを繰り出す。そこには大抵、私たちヒトが「笑顔」と解釈するような表情が伴う。
今回は新たに、イヌとウマがともによく似た行動をして一緒に遊ぶことが初めて科学的に示され、学術誌「Behavioural Processes」2020年5月号に論文が掲載された。
何千年という家畜化の歴史のおかげで、今日、ウマとイヌは平和的に共存している。だが、進化的観点からすれば、彼らは食うものと食われるものだ。それゆえ科学者たちは、この2種間で遊びにおける「共通言語」があることに驚いている。
イヌとウマが遊ぶなかでのよく似た行動には、こんなものがある。たとえば、相手を噛むふりをするが、実際には噛まない。跳ねたり、押したり、叩いたり、追いかけたりする。ものを使って遊ぶ。背で地面に転がって、お腹を見せたり、頭を振ったりして、相手を遊びに誘う「セルフハンディキャッピング」をすることもあった。
最も注目すべきなのは、この2種が互いの表情を素早く真似する「高速表情模倣」という行動を見せることかもしれない。この現象は、霊長類、イヌ、ミーアキャット、マレーグマにおいて知られているものの、異種の遊び相手の間で報告された例はなかった。
「素晴らしい研究ですし、遊び行動にまつわる研究の問いを新しいレベルに引き上げてくれたと思います」と、米ペンシルベニア大学の動物行動学者、スー・マクドネル氏は話す。「特に、予想外の2種間での遊びについて実証してくれた点がよいと思います」。なお、同氏は今回の調査には関わっていない。
この研究はまた、遊びという行動が種の壁を越えてユニバーサルに存在するという説を補強するものだ。遊びは、ワニからカワウソやスズメバチに至るまで実に多くの生物に見られるため、それぞれの系統で何度も別個に進化してきたのだろうと考えられている。こうした多様な起源にも関わらず、取っ組み合い、駆けっこ、追いかけっこ、ジャンプなど、自然界に見られる遊び行動は著しく似通っている。
だが、遊びの目的となると曖昧だ。子どもにとっては社会的なスキルや狩りのスキルを発達させるのに役立つかもしれないし、おとなにとってはリラックスや健康維持のために役立つかもしれない。違いの大きい2種間での今回の研究は、こうした謎に新たな興味深い要素を加えることとなった。
たわむれるイヌとウマの映像を分析
18年、論文の著者の1人であるイタリア、ピサ大学の動物行動学者エリザベッタ・パラージ氏は、イヌとウマが遊んでいるYouTube動画へのリンクを学生から受け取った。「行動が同調していることに気付きました」とパラージ氏は話す。
ウマとイヌという特定の関係に興味を惹かれた同氏は、この2種間での遊び行動を調べてみることにした。
異種間での遊びに関する逸話的な報告は数多く存在する。たとえば、同じ家庭で飼われているネコとイヌが遊ぶことは多い。野生での観察例もある。未成熟のヒヒと未成熟のシマウマ、成熟したヌーと未成熟のサイ、成熟したメスのオオカミと成熟したヒグマの例などだ。
パラージ氏は学生たちに、イヌとウマが遊んでいる動画で特定の基準を満たすものを動画配信サイト「ユーチューブ」上で探すよう頼んだ。基準とは、人間からの干渉がないこと、イヌとウマが自由に動けていること、そして最低30秒間、遊びが続いたことだ。18年12月から19年2月にかけて、パラージ氏と学生たちは何百という動画を分析し、うち20を研究対象に選んだ。
パラージ氏は特に、2種間での高速表情模倣を発見し、分析したいと考えていた。この現象は、個体の寛容さ、個体間の親しさ、そして互いの熟知度による。調査を始めた時点で、表情模倣が異種間で起こるかどうかは知られていなかった。
研究チームは、遊びにおける各個体の遊び行動のばらつき、セルフハンディキャッピングと表情模倣の有無などを分析した。
一緒に遊ぶ手立てが備わっている
遊びは、イヌかウマのいずれかが楽しみ始め、相手が同じような行動を示した時に始まることとした。また、双方が遊びをやめた時、あるいは片方が場を離れて遊び行動が中断された時に終了とした。遊びの持続時間は平均で79秒だった。
よく似たイヌとウマの行動のうち、研究者たちは特に、模倣を示す重要な行動とされる「リラックス・オープンマウス」と呼ばれる表情に着目した。口を開けるこの遊び表情は、12頭のイヌと10頭のウマにおいて見られた。
パラージ氏らは20の動画それぞれにおいてランダムに10秒間の断片を選択、「攻撃」や「守備」など、特定の遊び行動についての分析を行った。その後、標準化された指標を用いて様々な遊び行動を記録した。
すると驚くことに、イヌとウマの2種で遊びのスタイルに大きな違いはなかった。
「つまり、異なる種で社会的な遊びを可能にするような、共通の手立てが備わっていることを示唆しています」とパラージ氏は言う。
動物にとって遊びとは何か
論文にはイヌとウマの遊び関係がどのように始まったのかについての記述はないものの、2種間の絆を維持しているのは遊びにおける共通の言語であることが示されていると、米ミシガン大学の行動生態学者バーバラ・スマッツ氏は指摘する。
「見た目も行動も非常に異なる2頭の動物が、双方にとって快適なやり方で遊ぶ方法を見つけられると示しており、とても意義のある研究です」とスマッツ氏は評価する。
「体格の差を考慮に入れると、さらに特筆すべき研究だといえます。イヌはウマに怪我をさせられる可能性がありますし、ウマはオオカミに似た動物を生得的に怖がる傾向を持ちます」
イヌとウマは進化的に異なる道を歩んできたものの、いずれも家畜化された種であり、同種個体およびヒトの表情を認識することができる点をパラージ氏は付け加える。野生の動物よりも互いの情動に対して敏感なのだ。
とはいえ、遊びにおける共通言語に関してはまだ謎が残る。「互いに大きく異なる種においても、生得的な傾向を脇に置いて、楽しいひと時を過ごすことを選ぶのかもしれない」とパラージ氏は言う。
(文 Virginia Morell、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年4月21日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。