2020/5/12

「研究室」に行ってみた。

森島研の学生さんたちは、よく短期留学する。2017年度には数カ月単位で、6人の大学院生が海外の大学に赴いた。実は、これらは「留学」というよりも、共同研究の実施のための派遣、といった方がより実情にそぐう。

博士課程に在籍する山口周悟さん。

例えば、人の顔の正面写真から3Dの形状や質感を再現する手法を開発したのは、博士課程の学生、山口周悟さんで、去年、ロスアンゼルスの南カリフォルニア大学(USC)に3カ月滞在する中で、この研究を一気に完成させた。

わずか3カ月の留学で、SIGGRAPHのような最先端の場に採択されるような研究を成し遂げるというのは半端ではない。通常なら、研究環境のセットアップをするだけで終わってしまうのではないか。滞在先の研究室でも、ある意味「お客さん」扱いされておしまい、というような期間だと思うのだが、少し話したところ、その期間で結果を出すのはむしろ当たり前のように感じているフシがある。「3カ月でSIGGRAPH論文」はたしかに素早い仕事だが、かといって特別なわけでもないというのだ。

背景には、やはり、研究スタイルの変化があるのかもしれない。もともと、「学生による研究」を強く後押ししてきたことに加えて、この数年、さらにその傾向が高まっているという。

「確かに、研究室内でもすごい大変革が生じています。今までは例えば画像処理のアルゴリズムとか、基本的なことを勉強してから研究に着手してきたわけです。でも、今はそれをやらずに、人工知能の深層学習、いわゆるディープラーニングでできちゃうんです。これ、手法自体は、中学生でもできるし、データさえもってきて、うまく収束させられれば、大きな成果になるかもしれない。やってみたら出ましたって、何か金鉱を掘り当てるみたいな話になってきています」

この分野でよく言われるのは、新しい論文を読んでいて、フッとアイデアを思いついたら、ちゃっちゃっとプログラミングして、夜の間にビュンとコンピュータを回しておいて、次の日来たら面白い結果が出ていたので論文にしよう、というようなスピード感だ。

山口さんの「1枚の顔写真から、その人の顔の立体形状と質感を再現する」研究もまさにディープラーニングの手法で行われたものだった。一晩でできるような簡単なものではないが(計算に1週間くらいはかかった)、マウスを育てるところから始まる生物学実験や、実験装置を設計するところから始まる物理学実験とは、自ずと違う。

早稲田大学の森島繁生教授。当然、教授は研究者であると同時に教育者でもある。

では、一大変革をもたらすディープラーニングとは何かという話にもなる。ここでその手法そのものを詳しく説明する余裕はないのだが、いくつかの特徴を簡単に書いておく。

もともと人間の神経細胞の仕組みを模したニューラルネットワークをベースにコンピュータに学習をさせる方法で、その際、ニューラルネットワークを何重ものレイヤー(層)にして重ねて使うことで、複雑なタスクに対応できるようになること。その際、レイヤーをたくさん重ねることを指して、ディープ(深層)と表現しているということ。画像認識は得意分野で、「犬と猫を見分ける」など、人間がプログラムをゼロから書くととても大変なことが、実際に画像を与えて学習させることで高性能に判別できるようになること。その時、人間側は中でどんな処理が起こっているのか分からないまま、結果を手にすることになること。等々。

「顔のCGを動かす時に、その人らしい表情とかをどう再現するか難しいという話をしましたよね」と森島さん。

「これまでは、本人らしさとはなにかという要素を見つけていくことから始まったわけですが、ディープラーニングを使うと勝手に本人らしさを分離してくれるかもしれない。それで、解決できちゃうかもしれないんですよ」

それは、中身の処理がブラックボックスのままということで、本人らしい表情というのがいったい何なのかという知見にはつながらない可能性が強い。いかに、「応用」物理学とはいえ、サイエンスとしてちょっと嫌なのではないだろうか。

「たしかにそうです。だから、僕もディープラーニングはアンチだったんですよね。こんなの研究じゃないって思ってたんです。でも、もう今や、ディープラーニングやらないと他の研究者がやっている性能を超えられないし、ともすると、論文は通らないので、もう、避けては通れないのです。学生もみんなディープラーニングやりたい、やりたいって言ってくるし」

中身がブラックボックスのまま課題が解決してしまうディープラーニングは、真理の探求者であるはずの物理学徒にとっては、うれしくないけれど、もう無視できないほど強力な手法なのだった。この数年で、森島研でもディープラーニングを主軸にした研究がどんどん増えている。