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「研究室」に行ってみた。

2020/5/4

「研究室」に行ってみた。

1枚の写真から3次元の顔を復元するというのは、ぼくたちもふだんから行っていることだ。ある人の写真を見ると、なんとなくその人の顔の立体形状を想像しているし、その人が斜めを向いた写真を次に見せられても、たいていは同じ人だと判別できる。それと同じことをコンピュータができるようになり、精度も人間を上回ったということだろうか。

気づいた方もいると思うが、こういった課題は、最近勃興著しいAIの技術、いわゆる深層学習(ディープラーニング)の得意分野だ。南カリフォルニア大学が持っていた実在の人物の顔データベースを使い、正面を向いた1枚の写真と実際の立体形状などをマッチングする学習をさせて、良い結果を得た。今年(2018年)のSIGGRAPHでも論文が通り、発表できることになった。

なお、ここで使った顔のデータベースは、映画製作と密接な関係にある南カリフォルニア大学(映画学科があり多くの人材を映画界に輩出。ジョージ・ルーカスも卒業生)だけに、本格的な映画製作にも使われるライト・ステージという装置を使って計測されたものだという。

「例えば爆発シーンなど、役者がそのままいたら危ないですね。ですから、役者は安全なスタジオで演技をして、そこに爆発が起こっているようなリアルなライティング環境を再現してやるわけです。顔に任意方向からLEDで光を照射し、任意の方向から複数台のカメラで同時撮影することができる装置です。この装置を使用して実際の人物の撮影を行い、その顔のデータを研究目的として使えるようにしているんです」

ここではちゃんと書面上の契約があるようで、「ハリソン・フォードの肖像権」問題は、20年越しの解決をみたことになる。

「というわけで、こういう技術を使って、フューチャーキャストをまたやれないかというわけです。今度は、来てくださったお客さんたちの写真をどこからでもバシャバシャ撮っていって、それだけですぐに顔のCGができます。ただ、今のところ、やはりこれも形状だけで、表情までいかないんです。最初、Sayaレベルのクオリティで自動生成と言いましたけど、それは当然、その人らしい表情というのも入ってくるのですが、そこまで行っていないんですね」

川端裕人さん。

もしも、今後、その人らしい表情まで簡単に再現できるようになったとすると……ちょっと別次元の怖いくらいの可能性が見えてくるような気がする。

「デジタルダブル(デジタルの双子)っていう、あれですね。映画の撮影で、危険なシーンを本人のCGで作ったり、撮影途中で亡くなってしまった役者をCGで再現して足りないシーンを埋めたり、とっくに亡くなっている女優を画面の中で蘇らせることもできます。今のところそれはものすごい計算をして実現しているんですが、僕たちが目指しているものでは、短時間で簡単に自動生成できるようにするということです」

実在の人間の写真なり動画なりから、本人らしさを持ったリアルな3DのCGが自動生成できてしまう未来はどんなふうになるだろう。

ごくごく普通に想像すると、例えば死別したパートナーを再現して、VRの中でもいいから一緒に暮らしたいという人はかなりたくさんいるだろう。好みのアイドルを再現したいという人も多いかもしれない。革新的な技術が実現するたびに、ぼくたちはそれに適応していく。リアリティの境界が少しゆるぎ、現実と非現実の境界がこれまでとは少し違うところに引かれるようになるのではないかと思う。

「気をつけなければならないのは、フェイクで悪さをする人は出てくるだろうということです。今の技術でもすでにできることとして、ホットな話題なんですが、例えば、オバマ前大統領に何かしゃべらせたいと思ったら、だれか別の人が言った音声を入力することで、オバマのリアルなCGが、オバマの表情で、オバマの声で話すみたいな動画がすぐに作れるところまで来ています。悪用すればフェイクニュースです。こういうのは気をつける仕組みが必要かもしれません。僕たちのアプローチは、人を幸せにするということなので、フューチャーキャストをやったり、もうひとつ、コンテンツ制作支援という方向でも研究を進めているんですが」

ここで、はじめて「コンテンツ制作支援」という言葉が出てきた。

森島さんは2005年のフューチャーキャストを実現する際に、現場のクリエーターと交流を持つようになり、日本の動画ジャンルのコンテンツ力の高さを大いに実感した。だから、森島研として支援できることはないか、と考えた。

「特に念頭に置いて一つのターゲットにしているのはアニメです。アニメは日本の宝だと思っています。おそらく、スキルを持つアーティストが感性で描く独自の世界観が、世界中で支持されているんだと思います。でも、これまで現場は手作業が基本で、そこをなんとか僕たちの技術でサポートできないかという話なんです」

森島さんたちが、実際に開発した数々の支援ツールを次回紹介してもらおう。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年8月に公開された記事を転載)

森島繁生(もりしま しげお)
1959年、和歌山県生まれ。早稲田大学先進理工学部応用物理学科教授。工学博士。1987年、東京大学大学院電子工学博士課程修了。同年、成蹊大学工学部電気工学科専任講師に。同助教授、教授を経て2004年、早稲田大学先進理工学部応用物理学科教授に就任、現在に至る。その間、1994~95年にトロント大学コンピューターサイエンス学部客員教授、1999~2014年に明治大学非常勤講師、1999~2010年に国際電気通信基礎技術研究所客員研究員、2010~2014に年NICT招聘研究員も務めた。1991年、知的通信の先駆的研究により電子情報通信学会業績賞を、2010年電気通信普及財団テレコムシステム技術賞を受賞。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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