謎のスペインかぜ起源 中国説に説得力がある理由

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/4/13
ナショナルジオグラフィック日本版

第1次世界大戦中、フランスのエクス=レ=バンに設営された米軍キャンプ病院のインフルエンザ病棟のベッドに横たわる患者たち(PHOTOGRAPH BY CORBIS)

1918年に始まった「スペインかぜ」と呼ばれるインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)は、世界中で5000万人の命を奪い、史上最悪の疫病の一つとされている。

この流行の発生地については、科学者の間で何十年も論争が続いていて、フランス、中国、米国中西部など、さまざまな場所が提唱されている。起源を特定できないため、科学者はいまだに、ウイルスを生み出した条件や、将来同じようなパンデミックを起こしうる要因といった、この病気の実像をつかめずにいる。

スペインかぜは、パンデミック発生と同じ1918年に終結した第1次世界大戦よりも多くの命を奪った。近年の研究により、その第1次世界大戦中の忘れられたエピソードが、スペインかぜの拡大の発端になった可能性が指摘されている。それは、中国人労働者を列車に閉じ込めてカナダを横断させ、ヨーロッパまで運んだことだ。

カナダ、ウィルフリッド・ ローリエ大学の歴史学者マーク・ハンフリーズ氏によると、西部戦線で英軍とフランス軍の後方支援を行うために、9万6000人の労働者を中国から動員したことが、パンデミックの原因になった可能性があるという。氏が発見した記録が、それを裏付けているとしている。

ハンフリーズ氏の論文が学術誌「War in History」に発表されたのは2014年1月だった。その中で氏は、この仮説を検証するためには、スペインかぜの犠牲者からウイルスのサンプルを採取して調べる必要があると認めている。こうした証拠があれば、スペインかぜの起源を1つの場所に絞り込むことが可能になるだろう。

しかし一部の歴史学者は、氏の主張には説得力があると感じている。

「これらの記録は、歴史学者にとってはほぼ決定的証拠と言えるものです」と、米国における1918年のパンデミックを研究している歴史学者のジェームズ・ヒギンズ氏は言った。「当時のパンデミックについて、多くの疑問に答えてくれます」

最後に経験した大疫病

スペインかぜのパンデミックは3回に分けて世界を襲った。第1波が始まったのは1918年の春だった。現在も流行しているH1N1型インフルエンザの祖先にあたる株が病原体となった。

一般的なインフルエンザとは異なり、スペインかぜでは強い免疫系をもつ健康な若者に犠牲者が多かった。第1次世界大戦は、戦死者の多さだけでなく、スペインかぜも終戦の一因となったと言えるかもしれない。

「1918年のインフルエンザは人類が経験した大疫病の中では最も新しく、紛争の足跡を追うようにして世界に広がりました」とハンフリーズ氏は言う。

先に述べたように、このパンデミックの発生地は今でも不明とされているが、動員された中国人労働者が感染拡大の原因だったという説は以前から唱えられてきた。

ハンフリーズ氏は、1917年11月に中国北部で流行した呼吸器疾患が、その1年後に中国の保健当局によって、スペインかぜと同じものであったことが確認されたとする文献を発見した。

氏はまた、1917年からカナダを横断してヨーロッパに送られた2万5000人の中国人労働者のうち、検疫を受けた3000人強の多くにインフルエンザに似た症状が見られたとする医療記録も発見した。

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