しかし、扁桃体のいうことばかりを聞いていては、深刻な結果を招くこともある。
災害社会学者のエンリコ・クアランテリはかつて、災害時に人間がどのように行動するかについて画期的な研究を行った。その1954年の論文「The Nature and Conditions of Panic(パニックの特性と状態)」に、ある女性の例が紹介されている。
爆発音がしたので、女性は自宅が爆撃を受けたのだと思い、慌てて外へ飛び出してみたが、爆発が起きていたのは通りの向こうだった。それを知った後で初めて、女性は自分の赤ちゃんを家の中に残していたことに気付いたという。
「反社会的であることよりも、パニックのほうが非社会的な行動である」と、クアランテリは書いた。「この社会通念の崩壊が、最も強力なはずの絆を粉々に砕いてしまうことがある」
長期的な脅威に対しても、パニックは何の役にも立たない。そういうときこそ前頭葉が主導権を握り、潜在的な脅威を警戒しつつも、時間をかけてリスク評価を行い、行動計画を立てることが望ましい。
不確実性がパニックを助長する
では、パンデミックが起こるとなぜ一部の人々はトイレットペーパーや消毒液を買い占め、他の人々は感染リスクがあるのを承知でバーに押し寄せるのだろうか。
人は、不確実な事態に直面した際のリスク評価があまりに下手なのだ。下手といっても誰もが同じように下手なのではない。リスクを過大評価してしまう人もいれば、反対に過小評価してしまう人もいる。
米カリフォルニア大学バークレー校の心理学准教授ソニア・ビショップ氏は、不安が判断力に与える影響を研究している。そのビショップ氏は、コロナウイルスがパンデミックになった今が、まさにそんな状況だと指摘する。政府やメディア、公衆衛生当局から発せられる一貫しないメッセージが、人々の不安をあおっている。
「今後の見通しが目まぐるしく変化する今のような状況に、私たちは慣れていません」
ビショップ氏は、不確実な事態に直面したときには、モデルフリー学習と呼ばれるアプローチでリスク評価をするのが理想的だという。

パニックと心理的バイアス
これは、どんな行動が利益につながるのかがわからない環境を前提としている。基本的には試行錯誤で、何かが起こる可能性はどれくらいか、もし起こったら事態はどれだけ悪くなるのか、それを防ぐためにどれだけの努力をすべきかといった予測を、自らの経験に即して少しずつ修正していくやり方だ。
だが、脅威に対処するモデルがない場合でも、多くの人はモデルベース学習に頼る。そして、モデルになりそうな過去の事例を適用し、将来の可能性をシミュレーションしようとする。
すると、過去の事例を使う際に「利用可能性バイアス(利用可能性ヒューリスティック)」が忍び込む。利用可能性バイアスとは、何度も聞いたり読んだりすることは思い出しやすく、そのためにそれが起こりやすいと思い込んでしまう錯覚だ。