ド派手な衣装で鶏を追う 米南部の知られざる伝統祭

「クリル・ド・マルディグラ」は、いわゆる「イースター」―キリスト教の四旬節(復活祭前の40日間)に入る前日の「太った火曜日(肥沃な火曜日:マルディグラ)」に行われている知られざる祝祭の一つだ。フランス系移民を祖先にもつ人々「ケイジャン」の伝統に根ざした祭りで、米ルイジアナ州南部の多くの町で熱狂的な徒競走が催される。
ルイジアナ最大の都市ニューオーリンズでは、巨大な山車が練り歩く有名なマルディグラが開催されることで世界的にも知られる。だが、ここに集まる人々はそちらを見向きもしない。彼らの関心の的は、ニワトリを追うことだからだ。

夜が明けると、ここユーニスの町外れにある農場に人が集まってきた。草原や湿地を駆け抜けるレースの起源は、中世のフランスにさかのぼる。当時は、貧しい人々がカプションという三角帽子と仮面で仮装して、食べ物と引き換えに熱のこもったパフォーマンスを披露していたという。
こうした伝統の衣装は、今も受け継がれている。そして、地域に深く根差したこの祭りを、クリスマスよりも大切な行事だと考える人は少なくない。旧フランス領の伝統的な謝肉祭の多くがそうだが、ケイジャンたちのマルディグラで大事なのは、楽しいいたずらをすることなのだ。
クリエイティブな無秩序
クリル・ド・マルディグラは、よそ者や女性は参加できないところが多いが、「ファキティーグ・クリル・ド・マルディグラ」にはそうした制約がない。グラミー賞を取ったミュージシャンでありプロデューサーのジョエル・サボイ氏と、友人のミュージシャンのリンゼイ・ヤング氏が2006年に始めたこのマルディグラには、500~900人のお祭り好きが集まる。ユーニスの公式行事とは別物だ。このイベントは、ケイジャンの人々がお得意の「大いに楽しむ」が体現されている。
クリル・ド・マルディグラは盛大なパーティーのように見えるかもしれない。目玉であるケイジャン式耐久レース(フィドルの演奏とダンスがしきりに披露される)では、参加者が何キロにもわたってふざけ回り、ペースも速い。参加する人は「マルディグラ」と呼ばれ、「ヘイ、マルディグラ! ハッピー・マルディグラ!」という陽気なあいさつが飛び交う。
「ケイジャンのマルディグラは権力構造をからかい、揺さぶり、世間の人々を楽しませようというものです」と話すのは、ケイジャン文化を研究する民俗学者のバリー・ジーン・アンスレット博士だ。「祭りが刺激となって、この日でなければ、あるいは仮面がなければありえないレベルの創造性が生まれることに、いつも驚かされます」

ニワトリを捕まえろ
クリル・ド・マルディグラでは「キャピテン」が任命され、伝統のお祭り騒ぎを先導し、新顔を迎え入れる。参加者はみな衣装を着ており、傍観することは許されない。コース沿いの家々で食べ物を熱烈にねだるときは全員参加。ルールを破ると、仮面をつけてむちを持ったレ・ビレンやラ・フォルスと呼ばれる男女からの陽気なお仕置きもある。
「ラ・ビエーユ・シャンソン・ド・マルディ・グラ」(祭りの目的を知らせる役目もある古い歌)の力強い演奏に続き、おどけたマルディグラたちが草原をにぎやかに進んでいく。
数時間後、参加者は休憩し、ケイジャン料理のブーダンというソーセージを食べる。草の上で軽食を取る人もいるが、ニワトリを奪い合うイベントに参加する人もいる。油を塗った7メートルほどの棒の先に板がついていて、その上にニワトリがのっている。
先を争ってこの棒によじ登る人の山は、まるで人間ピラミッドだ。大勢の人が脱落する中、何とか上まで登った参加者が、空中で誇らしげにニワトリを振る。サボイ氏らの祭りではこのニワトリは無傷で解放されるが、もともとはニワトリを調理するのが伝統で、他の祭りではルイジアナ料理ガンボ(シチュー)の材料にすることもある。

クリル・ド・マルディグラは騒々しいかもしれないが、決して分別のない行為ではない。ケイジャンの文化とコミュニティーをたたえるものだ。ファキティーグの競走では、ケイジャンの伝説的ミュージシャン、デニス・マギーの墓で参加者が足を止めて敬意を表する。人々の精神的なつながりを最も感じられるときだ。例年、午後2時ごろには騒ぎも収まり、サボイ氏の敷地で、音楽と濃厚なガンボの大鍋が迎えてくれる。
次ページでも、仮装して祭りを楽しむ人々の様子を写真で紹介しよう。






(文 HANNAH CHENOWETH、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年2月23日付記事を再構成]
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