談笑師匠、驚きのネーミングセンス 今度の弟子は…
立川吉笑
師匠・談笑を尊敬している点はいくつもある。その中でもあまり周りが気づいていないだろうなぁと思うのはそのネーミングセンスの高さだ。
一般的に弟子の芸名は師匠の芸名から一文字もらうことが多い。「談志」の弟子である師匠は、「談」の字をもらって「談生(だんしょう)」という前座名だった(真打ち昇進直前に、読み方は同じで表記だけ違う「談笑」を襲名した)。
師匠に弟子入り志願しようと決心した頃から、果たして自分はどういう芸名になるんだろうと想像するようになった。「談笑」の弟子だから「談」の字か、「笑」の字をいただけるとして、どんな名前になるのだろうとあれこれ考えたことを覚えている。
言われてみれば、これしかない
「談」の字はどうしても「談志」のイメージが強い字だから、たぶん「笑」の字をもらうことになる。また前座で重々しい字を使うことは少ないから軽い印象の字がつくに違いない。そう考えると、「笑吉」とか「笑助」。字面のバランスが悪いけど一番弟子だから「笑一」などが思いつくけど、何となく自分の雰囲気にあっていない気がした。「笑吉」とか「笑助」はかわいげがあって、みんなからいじられるような印象を受ける名前だ。26年生きてきて、そこにいるだけで周りをほんわかとさせられるような愛嬌(あいきょう)は自分は持ち合わせていないと思っていたから、ちょっとイメージと合わないよなぁと。でも考えれば考えるほど「笑」という字を使う時点で、どうしても軽くて明るい印象がついて回るから、いよいよ想像がつかなかった。
そんな中で師匠から頂戴したのは「吉笑」という名前。目から鱗(うろこ)だった。前座名でよく使われる「吉」の字を使うとして、それを上に持ってくるという発想が僕にはなかった。一瞬、「吉笑」という見慣れない並びに違和感を感じたけれど、考えれば考えるほど良い名前だ。まずは「吉」も「笑」も縁起が良い文字だし、きっしょうという音も、仏教的に「良い兆し」という意味を持った縁起の良いものだ。字面としては画数が少なくて軽い印象を受けるけれど、一方で音の響きは軽さだけでなくて背筋が伸びる感じというか凛(りん)とした印象もある。自分のキャラクターに合った、言われてみたらこれしかないという名前をつけていただいた。
そこから何人も後輩が入門してきた。その度に僕も勝手にどんな名前になるのかなぁとクイズ感覚で予想するようになったけれど、とにかく師匠のつける名前の「それしかない」感がすごい。
二番弟子は笑二(しょうじ)。少し捻(ひね)られた僕とは違って王道も王道の名前。そこにいるだけで周りをほんわかとさせられる愛嬌を持った彼にはぴったりの名前だ。僕が笑二だったら変だし、一方で彼が吉笑でも違和感がある。僕は吉笑、彼が笑二。どう考えても人柄と名前がピタッと一致している。
以降はみんな辞めちゃったけれど、まずは笑吾(しょうご)。彼は僕か笑二かで言ったら僕タイプ。外見に愛嬌があふれ出ているタイプじゃなくて、しっかりした印象が前に出ている。画数は少ないけれど堅い印象が出る「吾」という字はぴったりだ。
次は笑笑(わらわら)。これも聞いた時は「なるほど!」とびっくりした。彼は僕を含めたそれまでの3人と比べると段違いに格好いい。爽やかなイケメンタイプ。だからキザな堅い名前が合うだろうなぁと思いやすいのだけれど、少し接するとわかるのは少しヘンテコな内面というか振る舞い。選ぶ言葉やちょっとした行動に、妙なおかしみがある。だからこそ堅い名前で相手と距離をつくるよりは親しみやすい「笑笑」の方がキャラクターに合っている。このあたりで僕は師匠のずば抜けたネーミングセンスの高さを確信した。
次は笑坊(しょうぼう)。同じ丸刈りということもあるけど、雰囲気の方向性は笑二に近い。だから軽くてかわいげのある名前が彼に合っている。「坊」の字はそんな彼にぴったりだ。ちなみに実家がお寺というのも決め手だったと思う。
「談」は「談洲」が初めて
その次がさらにすごくて、笑ん(しょーん)。笑笑に続く爽やかイケメン。しかも彼は笑笑のように顔立ちはスッとしているけれど、実は妙なおかしみを内に秘めている、というようなタイプじゃなく正真正銘爽やかないい男。だからキザな名前が合うのは明白だ。でも前座だから軽い字を使う方がいい。そして、シュッとし過ぎていることがもしかしたら近づきづらさにつながるかもしれないから、できればかわいげがある感じも出したい。そんな条件を全て満たした「笑ん」という名前。トリッキーな字面だけど、言われてみたらこれしかないという見事な名前だ。
その後が錦笑(きんしょう)。方向性としては僕とか笑吾タイプ。だから少し堅い方が合いそうだ。「錦」という字は前座名としては少し重たすぎる感じもするけど、彼は小柄で子供っぽい雰囲気があったから、重たくてめでたい「錦」という字と見た目とのギャップが、ブカブカの制服を着た中学1年生みたいな感じでかわいくうつる。僕が錦笑だったら鼻についてしまうはずだけれど、彼にはぴったりの名前だった。
そして、今では三番弟子となった談洲(だんす)。ここで初めて「談」の字を使われたのも「なるほど!」とびっくりした。ダンスができるという要素、シュッとした見た目の彼には堅い字面が合い、そうというところで談洲。談洲楼燕枝(だんしゅうろう・えんし)という伝説的な噺(はなし)家の字面から取る大胆さに驚いた。
とにかく師匠のネーミングセンスは凄すぎる。本当にその人に合った「それしかない!」という名前を付けられる。
この春は談笑一門に新しい前座が誕生した。四番弟子の彼の名前は「笑えもん(わらえもん)」。これも聞いた瞬間に「なるほど!」と膝を打った。なぜ師匠が彼を「笑えもん」と名付けたのか、これから高座返しや開口一番で皆様のお目に触れることが増えると思うので、実際に目で確認していただけたらなぁ、と思っています。
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
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