本当に野菜だけ? すしにうな重、グルメなビーガン

最近「ビーガン」(完全菜食主義者)市場が拡大している。ベジタリアン(菜食主義者)が肉や魚をとらないのに対し、ビーガンの場合、肉や魚はもちろん卵・乳製品・ハチミツも一切とらない。欧米では環境問題や動物愛護の観点からビーガンを選ぶ人もいる。
ビーガンに対応することは、イスラム教徒のハラルやユダヤ教徒のコーシャなど様々な食の禁忌に対応することにもつながるので、フードダイバーシティーの流れの中で、世界的にもビーガン対応レストランが増えているのだ。
ベジタリアンやビーガンの料理というと、シンプルなサラダなどを思い浮かべる人が多いかもしれない。理念が先行して、味はイマイチと想像する向きも多いだろう。だが、最近日本で増えているのは、見た目が華やかでビーガンであることを意識させない満足できる料理を提供する店。今回はそんなグルメなビーガン料理の3店を紹介する。
まず紹介するのは「菜道」(東京・自由が丘)。2019年11月、欧米のビーガンやベジタリアンが愛用するレストラン情報サイト兼アプリ「HappyCow(ハッピーカウ)」で世界1位に選ばれたビーガン料理界では有名な店だ。昼は「うな重」や「カツ重」といった定食など、夜は焼き鳥や枝豆、コロッケなど居酒屋風のメニューを提供しているというから驚き。
料理はすべてビーガン対応しており、肉・魚、乳製品、卵、アルコール成分に加えて、五葷(ごくん)と呼ばれるニンニク・ニラ・ラッキョウ・アサツキ・ネギ/タマネギも一切使っていない。五葷は台湾やインドに多いオリエンタルビーガンと呼ばれる人たちにとって禁忌となっているものだ。

まずは1番人気の焼き鳥を食べてみた。タレはほんのり甘さがあるが、タマネギもみりんも使っていないというからびっくり! 鶏肉のように筋があり、繊維のほぐれるような食感は、まさに鶏のモモ肉そのもの。見た目だけでなく、味わいも想像以上に焼き鳥だった。サンショウの香りにも食欲をそそられ十分にグルメな一品だ。
続いてカツ。こちらもどこから見てもカツそのもの。食べてみると、衣はサクサク、中身も豚のヒレ肉のような軟らかな食感。どっしり重さもあり、食べ応えまである。手作りの中濃ソースのフルーティーな甘味と酸味も絶妙だ。
レシピや材料は企業秘密とのことだが、肉は複数の野菜をブレンドして作っており、代替肉の定番である大豆ミートはほぼ使っていないという。また、使えない食材がある分、使える食材に関しては使い方も吟味。たとえば酢よりさわやかな酸味がほしければかんきつ類を使ったり、甘味も砂糖だけでなくドライフルーツのデーツ(ナツメヤシの実)など果物を使ったりもするそうだ。

同店はインバウンドをターゲットに18年9月にオープンした。同店シェフの楠本勝三氏は、「日本人の感性で作る精進料理とも違うB級ビーガン和食というのが、外国人旅行者にとって目新しかったことが世界1位の評価につながったのでは」と答えてくれた。もともとは7割が外国人客で、そのほとんどがビーガンやベジタリアンとその同伴者。世界一獲得後は日本人客も増えたとのこと。
今後、海外展開も考えているのでレシピは非公開。日本のB級グルメをビーガンで食べる。そんなスタイルが世界的にも広まっていきそうだ。

続いては、「The Burn」(東京・港)。豪快な炭火ステーキの店だが、ビーガンメニューも充実している。シェフの米沢文雄氏は19年12月にビーガンのレシピ本『ヴィーガン・レシピ』(柴田書店)を出版しておりビーガン料理への造詣も深い。
米澤さんは米国・ニューヨークの三つ星レストラン「ジャン・ジョルジュNY」の副料理長を務めた経験を持つ。ニューヨークにはベジタリアンやビーガンフレンドリーな店が多いが、日本にはまだ少ないと感じ、ビーガンメニューも用意したそうだ。「グループ客の中にビーガンやベジタリアンがいても、みんなで楽しんでもらえる店にしたかったので」と米沢さん。
ビーガン料理とビーガン料理への変更が可能なものには、メニューに「V」マークが付いている。今回はその中から「香川本鷹麺のベジタブルボロネーゼ」を食べてみた。
見た目はお肉たっぷりのボロネーゼ。味もまるでひき肉を煮込んだような濃厚なうま味が感じられ、弾力のある食感もまるで肉のようだ。皿のまわりにチーズ風に散らしてあるのは香ばしいヘーゼルナッツ。スパイスもしっかり効いていて、味わいにパンチがある。ビーガンパスタとは思えない濃厚さに驚いた。
ボロネーゼといっても当然肉は使っておらず、タマネギ・ニンジン・マッシュルーム・ヒヨコマメなどをみじん切りにして、すべて一度高温で素揚げにし、ベースのトマトソースと混ぜて煮込んでいる。一度揚げることで、香ばしさや肉を煮込んだようなニュアンスを出せるそうだ。麺は、香川の唐辛子「香川本鷹」を練り込んだ手延べうどん。独特のもちもち食感にトウガラシのピリ辛がアクセントになっている。

ステーキの店ながら野菜料理が多いのが同店の特徴で、店の1番人気メニューも「カリフラワーステーキ カルダモンと自家製アリッサ」という野菜料理だ。これはバターをオリーブオイルに変えるだけでビーガンに変更できるメニュー。ビーガンの人たちがメイン料理として注文できるようにと考案したそうだ。
「主役を引き立てる調理が好きで、飾りすぎたり、味を複雑にしすぎたりしないのがこだわりです」と米沢シェフ。「野菜料理はビーガン専用ではありません。なんでも食べられる人もおいしいと思える料理で、なおかつビーガン対応できているというのが私のビーガン料理のゴールです」と話す。

「久松農園のオーガニック ローストキャロット アーモンドを使ったロメスコソース」はローストしたニンジンを豪快に盛り付けた一品。どの料理も基本的にシンプルだが、スパイス使いや盛り付け方などにセンスが発揮され、五感で楽しめる料理ばかり。
同店を訪れる客のうち、ビーガンの人は月に数組程度。ビーガンかそうでないかという境界を越えて、幅広い人たちから支持を集めている。

最後に紹介するのは、ブッシュ元大統領と小泉純一郎元首相の歴史的な「居酒屋会談」の場としても知られる「権八 西麻布」(東京・港)。もともと、外国人客の多い同店では、ビーガンやベジタリアン、ハラルを求めるイスラム教徒などの客が多く、野菜だけを使ったビーガンずしも提供している。
野菜ずしの新しいおいしさや、インスタ映えするカラフルな見た目で、ビーガン料理を求めない女性客などにも人気になり、ビーガンずしの種類が年々増加。19年夏には13種類15カンまで増え、盛り合わせ「権八ヴィーガン握り」(4800円)もメニューに登場した(ネタによっては単品でも注文可能)。まろやかなコクのアボカドを使った「緑の巻寿司」「とんぶり軍艦巻」、カラシをのせた「菜の花寿司」「芽ネギ寿司」「白アスパラ寿司」、酢の効いた「ミョウガ寿司」など彩りが美しい。
中でも「椎茸寿司」や「大黒しめじ寿司」は、キノコの香りが豊かでうま味がたっぷり。あぶった「筍寿司」や、しょうゆ風味の「ヤングコーン寿司」はとても香ばしくて、感動的な味わいだった。野菜を多用しているが1カンごとにそれぞれインパクトのある味わいで、単調な味ではないので食べ飽きない。ビーガン認証を世界に先駆けて取得した日本酒「南部美人」もそろえており、酒と合わせると野菜の甘味や風味、すしの塩味が見事にマッチして口福の瞬間に浸れた。

「提供した途端、ワオ!と国籍に関係なく皆さんすごく驚かれますね」と説明するのは同店・店長の本間貴大氏。「ビーガンのお客様は『ビーガンずしだけでこんなにたくさん種類があるなんて!』と感動されます」と本間氏。「権八」は西麻布店のほかに渋谷・銀座と、都内3店舗あり、全店舗で同商品を提供しているが、全店舗とも提供当初から店への問い合わせが多く、話題の一品となっている。
同店ではこのほかに、野菜の焼き物(エリンギ、トマトなど)や野菜の天ぷら、「濃厚手作り豆腐」などの前菜4品をビーガンメニューとして提供している。さらに今後ビーガン向けに「キヌアヴィーガンちらし寿司」も提供予定だ。酢飯を使っていないので低糖質で、糖質制限ダイエットの人にもお薦めとのこと。
見た目も華やかで味わいもボリュームがある最先端のビーガン料理。ビーガンの人たちはもちろん、そうでない人たちにとっても魅力的なグルメになっている。
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(フードライター 古滝直実)
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