シングルマザー奮闘 不安なく働ける先進企業の条件
シングルマザーは育児との兼ね合いから安定した職に就きにくいと見なされがちだ。新型コロナウイルス拡大を受けた政府の休校要請でも大きな打撃を受けた。一方で、子供との暮らしを支えるために仕事を続ける意志が強い人は多い。彼女らを戦力と位置づけて活躍を促す企業の先進事例を取材した。
福島県伊達市に2020年1月に移住した服部ゆきさん(37)は7歳と4歳の子供を育てるひとり親だ。過去に教員や団体職員として働いたが、昨夏からリモートワークを始めた。角川ドワンゴ学園(N高)で教員のサポートや教材の校正などを担う。
シングルマザーが抱える課題の1つが、子供の病気など緊急時に1人で対応する必要があることだ。現在は新型コロナウイルスの拡大に伴い、一斉休校が広がる。子供がいるから柔軟に働きたいと非正規職に就いた人ほど、収入減や失職のリスクは大きい。
現在、服部さんを含む13人の母親が午前9時~午後6時まで自宅で働く。学校行事や子供の看病などで中抜けしたら時間外に補う。「子供が学校を休んでも対応できる。収入が安定し、不安が解消して助かる」
N高はテレワーク環境を整えるなか、シングルマザーのニーズが大きいとみて採用を積極化した。チャットツール上に専用グループを作り、シングルマザーが悩みを解決できる環境を1年ほどかけて用意した。
大東建託は18年からシングルマザーを積極的に採用しており、営業職の女性約350人のうち70人を超える。関西で働く女性(48)は「休暇制度などが充実していて、子供と過ごす時間が確保しやすい」と話す。同社では子の看護休暇を、中学3年生以下の子供の看病に使えるようにした。
厚生労働省の16年度「全国ひとり親世帯等調査」によると、母子世帯の親の81.8%が仕事に就いている。ただ、家計の苦しさは顕著だ。15年の母子世帯の平均年収は348万円。父子世帯(573万円)より低く、児童のいる世帯(707万8千円)を100とすると49.2にとどまる。
採用時に配慮するのが、浄水器を販売する三菱ケミカル・クリンスイ(東京・品川)だ。同社は東京と大阪で10人以上のシングルマザーを、販売店を回って営業や売り場作りを担う「ラウンダー」として採用した。長く働けるかを見極めるため、求職者は採用面接の前に職場を見学し、業務を体験する。入社後は自宅に近い地域を担当し、店舗への直行直帰が可能だ。
ただ、シングルマザーが前向きに働ける環境は十分とはいえない。労働政策研究・研修機構が19年10月に公表した調査で、母子世帯の母親の抑うつ傾向は、ふたり親世帯の約2倍との結果が出た。日本シングルマザー支援協会(横浜市)の江成道子代表理事は、企業と母親の双方の意識改革が必要だと訴える。
企業側には男性中心の職場や働き方を脱し、女性の思考法も踏まえた意思疎通や人材育成など「ジェンダーマネジメント」の視点が必要だという。一方でシングルマザーは「子育てに支障のない範囲で働くという姿勢ではなく、世帯主として家計を支える意識が重要だ」と助言する。自治体は認可保育園にひとり親の子供が入りやすいしくみを用意している。
同会は今年からシングルマザーだけを集めた説明会を開き、ジェンダーマネジメントに賛同する企業を紹介するほか、人材育成にも取り組む。シングルマザーの潜在能力に着目した採用、就労観を改革する教育や女性固有の事情を理解するメンターの育成などを企業に導入する。
協力企業の1つ、カレーチェーンのゴーゴーカレーグループ(東京・千代田)はひとり親が働きやすい環境を整え、まずは5人ほど採用する。20年度中に全国35の直営店舗中10~15店でシングルマザーを店長にすることを目指す。
飲食業界は夜遅くまで働くイメージがあるが、中川直洋副社長は「店の売り上げの大部分は昼なので、シングルマザーも働きやすいはず」と期待を寄せる。「幹部候補や飲食業界の起業家が現れることも念頭に育成したい」
人材採用からスキルアップまでシングルマザーのニーズに寄り添う企業の取り組みは、多様な人材を戦力に成長を図るダイバーシティー経営そのものだ。同時に意欲ある女性の一層の活躍を促し、キャリア形成を支える役割も担っている。
社会のロールモデルに ~取材を終えて~
労働時間や年収などの希望を全て満たす求人は限られる。一般の求職にも増して、シングルマザーにとっては条件の"引き算"がカギになる。子供の成長に応じて働き方を調整することは、活躍の場を広げていくために欠かせない。
今回の取材で「シングルマザーの営業成績は優秀」「受け皿ではなく戦力として採用している」といった声を多く聞いた。時間の制約が大きいからこそ、限られた時間で高いパフォーマンスを上げようとする。N高で働く服部さんは資金をためて、将来は地方創生に関わる起業を目指している。彼女らは同じ境遇の女性に限らず、働き方改革を進める社会のロールモデルとも言える。人手不足にあえぐ企業はぜひ、有望な人材に目を向けてほしい。
(荒牧寛人)
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