大人の恋愛映画『Red』 妻夫木聡が見せる男の色気
商社マンの夫とかわいい娘に恵まれ、幸せな日々を送っているはずだった塔子。しかしある日、かつて愛した男・鞍田が現れ、抑えられない心が動き出す…。直木賞作家・島本理生の小説『Red』を、『幼な子われらに生まれ』(2017年)でモントリオール世界映画祭審査員特別大賞を受賞した、三島有紀子監督が映画化した。
「『幼な子われらに生まれ』は家族をテーマにした映画でしたが、家族のもとは夫婦で、夫婦のもとは男と女や、恋愛相手。次は『男と女』が主軸の映画を撮りたいと考えていました。一方で、現代は自分の尺度を持ちにくい時代だなと感じていて。自分がどう思ったのかよりも前に周囲の反応やネットの意見を見て、他人の尺度を元に考えてしまう。それが重なると、自分が本当に良いと思うものが曖昧になっていく…そんな人が多いのではないかと思っていた時に読んだのが、『Red』でした。私には、自分の尺度を持たない女性が、かつて愛した男と再会して自分を見つけていく物語に受け取れ、今、映画にする意味があると考えたんです」
そうして原作で「一番映像的でイメージが広がった」と語る、吹雪の中を車で突き進むシーンを軸に脚本を執筆。塔子には『ビブリア古書堂の事件手帖』(18年)などで組んだ夏帆を、鞍田には初のタッグとなる妻夫木聡を選んだ。
「まず決めたのは、妻夫木さん。鞍田は孤独でストイックで、ある秘密を抱えていることから自分の愛に純粋な人。妻夫木さんもストイックでとても演技力があり、業の深さも感じていたので、鞍田を生み出してもらいたいと思いました。夏帆ちゃんは演技力があると同時に、目がビー玉みたいにきれいな球体をしていて、人形みたいに見える時があるんですよ。塔子は生気のない人形のような状態から、体温を帯びていく役。彼女なら、それを肉体的にも表現してくれるんじゃないかと思いました」
生き方を考えるきっかけに
「塔子の感情の動きを、吐息が聞こえる距離でつぶさに捉えたい」と撮影は手持ちカメラをメインに。演出はリアリティーにこだわった。
「『こうしてください』と言って生まれるお芝居が面白いと思えないし、口下手なのもあって、間接的な演出をしてしまいます。例えば、小道具で自然な演技ができるようにしておいたり。今回は、夏帆ちゃんへ妻夫木さんから仕掛けてもらうことが多かったですね。リハーサルと違うお芝居をしてもらったり、ある言動を強調してもらったり。難しい役なので夏帆ちゃんは苦しんでくれていましたが、それに反応することでリアルなお芝居が生まれたと感じています」
妻夫木には減量を求めた。青い炎を放つような、妻夫木の男の色気と新境地の演技は必見だ。
「渇望してる人にこそ色気を感じますしね。人間の体って不思議で、食べないと五感が研ぎ澄まされていく。鞍田はその状態にある人だと思ったので、『痩せてもらえますか?』と話したら、死相が漂うほどの状態で現場に来てくれて。現場でもずっとご飯を食べず、酵素ジュースを飲んでいました」
小説とは異なるオリジナルな結末も見どころ。
「自分が選んでいる道は、果たして本当に自分が望んだ道なのか。それを観客に問いかけられると思ったので、結末を変えることに迷いはありませんでした。塔子の決断が正しいとは思いません。この作品がみなさんにとって、塔子に生き方を問うてきた鞍田のような存在になり、自分の尺度を見つめるきっかけになってくれたらいいなと思いますね」
「今後はもっと男と女について掘り下げたい」と三島監督。本作を機に、見応えのある大人の恋愛映画を生み出していきそうだ。
1969年生まれ、大阪府出身。NHKでドキュメンタリーを手掛けた後、2009年に映画監督デビュー。12年に『しあわせのパン』、14年に『ぶどうのなみだ』を監督し、小説も上梓した。17年『幼な子われらに生まれ』で国内外の映画賞を席巻。その他の作品に『繕い裁つ人』(15年)、『少女』(16年)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18年)などがある
(ライター 泊貴洋)
[日経エンタテインメント! 2020年3月号の記事を再構成]
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