『かいじゅうのすみか』の面白さ 小山薫堂氏に聞く
「大人が童心を取り戻すきっかけに」
映画『おくりびと』、熊本県のPRキャラクター「くまモン」、往年のヒットテレビ番組『料理の鉄人』など、小山薫堂氏の代表作は数知れない。それらの全てのクリエイティビティーに共通しているのは、既存のコンテンツを掘り起こし、新たな価値を生み出すこと。そんなこだわりがある小山薫堂氏が関わってきたのが、円谷プロダクション(東京・渋谷)の新コンテンツ『かいじゅうのすみか』だ。
円谷プロダクションでは近年、同社が持つウルトラマンや怪獣などのIP(作品やキャラクターなどの知的財産)の掘り起こしと世界に向けた発信、それらを生み出した同社自身のリブランディングに注力している。往年の作品に写真や映像資料などを加えてその魅力を紹介する「ULTRAMAN ARCHIVES」や2019年12月に東京ドームシティで開催したイベント「TSUBURAYA CONVENTION」などが代表例。『かいじゅうのすみか』もその1つだ。
『かいじゅうのすみか』は円谷プロダクションの歴代作品に登場した怪獣たちの魅力を発信する新たな世界として開発されたコンテンツ。様々なメディアをミックスして展開している。
まず、19年9月に絵本「空想科学絵本 かいじゅうのすみか」を出版。同年11月~20年1月には、東京ドームシティで「空想科学 かいじゅうのすみか 体感エンターテイメント」を開催した。AR(拡張現実)やプロジェクションマッピングなどの最新技術を使って怪獣の生態などを紹介する体験型イベントだ。
さらに20年春には、xR(VR/AR/MR)を使ったエンターテインメントの企画・開発を手掛けるティフォン(東京・千代田)とTBSテレビが共同でVR(仮想現実)を使ったシアター「かいじゅうのすみか VRアドベンチャー」を開設。これにも全面協力している。
このように多方面への展開が進む『かいじゅうのすみか』に小山薫堂氏は体感エンターテインメントの「案内人」という立場から参加した。そこにはどんな思いがあったのか、日本発のコンテンツはどうあるべきなのかを聞いた。
脇役に光を当てるのが自身の一貫したテーマ
――まずは『かいじゅうのすみか』に関わったきっかけを聞かせてください。
小山薫堂氏(以下、小山) もともとは円谷プロダクションの塚越隆行会長兼CEOに声を掛けられたのが始まりです。ウルトラマンではなく、作品の脇役だった怪獣たちにあえて光を当てるプロジェクトに共感し、引き受けました。
主役ではない人に光を当てること、スターにすることは自分が今まで関わってきた仕事に共通するテーマです。埋もれがちだけど、価値を持っている人にスポットライトを当てることがもともと好きですし、マスメディアに携わる上でそれは1つの使命だとも思っています。
これまで自分が手掛けたコンテンツは職業系が多かったんです。料理人や美容師、デザイナー……映画『おくりびと』のテーマになった納棺師もそうですね。
『かいじゅうのすみか』の怪獣たちは、「正義」の側から見たら「悪」に見えるけれど、怪獣には怪獣の「正義」の世界があったりするかもしれません。その辺りも共感するポイントです。
――『かいじゅうのすみか』は様々なメディアに展開を広げています。どのような点に面白さを感じていますか。
小山 夢のなかに入っていくような物語なんです。子供向けというよりは、大人が童心を取り戻すきっかけになるかもしれません。東京ドームシティで開催した「空想科学 かいじゅうのすみか 体感エンターテイメント」では最先端技術を使い、想像が形になることの面白さを上手に、軽やかに演出していました。大人でも少年時代にタイムトリップした気分になってわくわくできる体感エンターテインメントを展開していけるのではと期待しています。
円谷作品には日本的な要素がある
――円谷プロダクションの作品の強みとは何でしょう。
小山 ちょっとシニカルな要素がベースにあるところだと思います。それぞれの怪獣に使命があって、ただかっこいいからとか、強そうだからとかではなく、人間の社会問題から生まれた怪獣もいます。『かいじゅうのすみか』も人間社会を一歩ひいた目で見ています。
――ご自身はどの怪獣が好きですか。
小山 ピグモンです。ピグモンはおもちゃ売り場で眠りこけていたり、コミカルでかわいらしい。人間のために絶命するかわいそうな面もあります。怪獣なのに癒やされますね。円谷プロダクションの怪獣にはそれぞれキャラクター性があって、人間の何かを象徴し、多様性も表しています。子供の頃はそこまで考えていませんでしたが、大人になって考えるとすごくよくできているなと思います。
――幼少期の怪獣の思い出はありますか。
小山 怪獣の人形はたくさん持っていましたね。父親がプールとスケートリンクを運営していて、その施設でウルトラマンショーが開催されたときは見に行きました。
反対に怪獣にまつわる悲しい思い出もあります。1枚10円のくじで引く怪獣の写真が欲しくて、母親から20円もらい、2枚買えるつもりで店に行ったら、1枚しかくじを引けなかった。20円を持っていることを知った店のおじさんがそのときだけ1枚20円にしたからです。悲しくて泣きながら家に帰りました。そして、親に言えないまま。そんなことが今でも忘れられません。
――心優しいピグモンのようなエピソードですね。海外へ発信していくうえで、日本発のコンテンツの強みはあるでしょうか?
小山 『かいじゅうのすみか』はある意味、日本らしいコンテンツです。正義と悪が対立しているだけなく、悪は悪のなかで共存しているような世界観がある。それはきっと「和」に「和(あ)える」「和む」といった意味があることと似ています。本来怖かったり、凶暴だったりするものでも、円谷プロダクションのキャラクターではユーモラスな面や癒やしの要素を持たせているのです。そこが和っぽい、日本的な要素だと思います。
――改めて怪獣というコンテンツに向き合うことになり、自身のクリエイティブにはどのような影響を与えていますか。
小山 想像することの面白さを改めて感じています。妄想することがもともと好きでして。倉本聰さんと二人で旅する「妄想ふたり旅」というケーブルテレビのJ:COM(ジュピターテレコム)の番組にも出演する機会もありました。二人でいろいろなところを旅して、最後に物語を妄想して、創作するというものです。時代が進み、想像したものがかなうようにもなりました。想像することの良さは勇気を生むことだと思います。大人になると、先入観が生まれ、視野が狭くなっていきがちですが、想像することで、いろいろなことに気づくことができる。自分の先入観をリセットして、ものを見つめるときにアイデアは生まれるものです。
小山薫堂氏が伝えたかったのは想像することに価値があるということ。世界でも評価の高い日本のアイデア力には可能性があり、視点を変えることでコンテンツの広がりは見い出させる。そんなことも気づかされるのではないか。
(文・写真:テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子)
[日経クロストレンド 2020年2月20日の記事を再構成]
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