小沢コージ ソニーのEVよりトヨタの街がすごい

ソニーとトヨタ。日本を代表する企業2社が自動車に関するユニークな提案を行った。ソニー初のEVコンセプト「VISION-S」とトヨタのコネクテッド・シティー「WOVEN CITY」。発表された世界最大の家電見本市CES(Consumer Electronics Show)でも実際に取材した小沢コージ氏が、両社のプロジェクトについて改めて解説する。
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ソニーとトヨタの新提案について、現地で取材をしていて、多くの人たちから強い関心を感じたのはソニーのEV(電気自動車)だった。今では撤退宣言してしまったが、掃除機で有名なダイソンしかり、世界的家電メーカーがEV産業に参入するストーリーは、非常に分かりやすくショッキングだ。しかもソニーはかつて携帯型ステレオのウォークマン、次世代ゲーム機のプレイステーション、愛玩ロボットのアイボなどを生み出したパイオニアメーカー。「ソニーが造るEV」と聞いただけでみんながワクワクするのも分かるし、帰国後も多くのコメントを求められた。
いわばスポーツ選手のイチローと同じで、「イチローが新球団をつくる!?」とか「オリンピックに出る!?」と聞けば、難しいと知りつつ、誰もが期待するようなものだろう。
一方、トヨタの街にはピンと来なかった業界人もいるらしく、小沢が現場で話した仏サプライヤー、ヴァレオの開発トップはトヨタのスマートシティー計画を伝えたところ、「本当なのか? 誰がお金を出すんだ。安倍(首相)か?」と素朴な疑問をぶつけてきたし、あるITジャーナリストは、「ふーん、つくれるものならつくってみれば」と懐疑的。自動車メーカーが街をつくるという話は、少々現実離れして見えるのかもしれない。

ソニーEVはセンサーのショーケース
だが、小沢的にはソニーのVISION-SよりトヨタのWOVEN CITYのほうが、よりリアルで興味深いと感じた。なぜならVISION-Sは最初から関係者が量産化を否定しているし、実車を造ったのはオーストリアのマグナ・シュタイヤー。既にメルセデス・ベンツ「Gクラス」やBMW「X3」、トヨタ「GRスープラ」などを少量生産しており、すべてをソニーで開発したクルマとは言い難い部分がある。極端な話、資金とコンセプトさえあれば小沢でもクルマ生産を発注できるのかもしれない。
それより「センサーのショーケース」としてのEVと見たほうが正解で、事実Vision-Sにはソニー製センサーが33個も搭載され、中には同社お得意のイメージセンサーのほか、次世代センサーの「LiDAR(ライダー)」も含まれている。ライダーは今後、自動運転の進化のカギを握るデバイスとも言われ、あのキヤノンもパイオニアとライダーの共同開発を発表している。
ズバリ、次世代カーは「センサーの塊」になるのである。世界年産9000万台とも1億台とも言われる四輪車に、数十個もの高性能・高精度センサーがデフォルトで搭載されるとなればこれぞビッグビジネス! ソニーがクルマごと見本を造りたくなるのもよく分かる。
トヨタがスマートシティーをつくる理由
一方、トヨタの街は一瞬どこまで本気なんだろうとも思うが、考えれば考えるほどリアルだ。
WOVEN CITYがつくられるのは2020年末までに閉鎖が決まっている関東自動車工業(現トヨタ自動車東日本)の東富士工場跡地。約1100人の従業員は東北へ異動することに決まっているが、東京ドーム約15個分、70万平方メートルの土地の再利用は容易じゃない。正直田舎だし、隣接するトヨタ東富士研究所は既に巨大オーバルコースを含む試験場を持っているし、近くには富士スピードウェイもある。再利用の道としてスマートシティーは現実的だ。

おまけに、トヨタは既に住宅関係事業への本格参入を決めている。19年5月には、パナソニックとの共同出資で「プライムライフテクノロジーズ社」をつくると発表。パナソニックホームズ、トヨタホーム、ミサワホームなどの住宅事業会社を傘下に収め、街づくり、新築請負、リフォーム、住宅内装、海外事業などを行うと宣言し、20年1月にスタートした。
WOVEN CITYはCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化の総称)&MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)に対する「住む研究室」としての重要性も高い。
ご存じのように、今は自動車業界の100年に1度の大変革期とも言われ、コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化や移動そのものをビジネス化するMaaSへの対応は避けられない。しかし、自動運転や電動化は言うほど順調ではない。関係者の中には「2020年には自動運転&電動化バブルがはじける、それも目に見えにくい形で」と宣言する人さえいる。
最大の難題は「実証実験」である。人、クルマ、自転車が往来する街で、自動運転車やMMaaSの実験を重ねなければ有効なデータが取れないが、リスクは避けられず、今のネット社会で「自動運転車で人身事故」などのニュースが一度流れれば、簡単に開発はストップするだろう。
クルマは夜間に歩行者をどこまで検知できるのか? しゃがんだ人は大丈夫なのか? 路上で寝ている人はどうすればいいのか? 雨の日、雪の日の自動運転はどうなるのか? 5分で伸びるソバを本当に温かいうちに運べるのか? ドローンが落ちたらどうなるのか? 試したいことは無数にある。
そこでWOVEN CITYの登場だ。広大な工場跡地にトヨタ関係者や新事業系の家族を集めて2000人程度の街をつくる。既に東富士研究所に数百人の研究者は所属しているはずなので、それだけで半分は賄えるはず。
関係者ばかりなのでコンセンサスは取りやすく、データもバンバン取れ、事前告知もしやすいのでリスクは最小限に抑えられる。
計画では道を3種類に分け、1つ目は完全自動運転かつゼロエミッション車(排ガスを排出しない車両)のみが走行する車両専用道、2つ目は歩行者とスピードの遅いパーソナルモビリティーが共存する道、3つ目は歩行者専用道。さらに地下には燃料電池のプラントと同時に、自動宅配ネットワークもつくるという。
工場跡地の有効活用になると同時に、今の大変革の最大のネックを解消できる「住む研究室」計画。十二分に現実的ではないか。それどころか豊田章男社長は、すでに静岡県の川勝平太知事と裾野市の高村謙二市長にコンタクトを取り、協力を要請している。トヨタがつくるハイテクスマートシティー。もしや手塚治虫が描くような未来都市の出現となるのか。
これに注目せず、何に注目すればよいのかとすら私は思う。

自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 北川聖恵)
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