中華蕎麦きつねの「味玉中華蕎麦」

中華蕎麦(そば)きつね

<さん然と輝く油揚げ。「きつねうどん」へのオマージュ>

京王電鉄京王線で、各駅停車しか停車せず「いぶし銀」的な存在感を放っているのが、芦花公園駅。周辺エリアは高級住宅地として知られ、緑豊かな自然が残る閑静な生活環境も大きな魅力のひとつ。そんな同地に、20年1月31日にオープンした新店が、「中華蕎麦きつね」だ。

ロケーションは芦花公園駅の出口から50メートル弱。私が訪問した時も、電車が停車する度に、大勢の客が店舗ののれんをくぐっていた。

現在、同店が提供する麺メニューは「中華蕎麦」と「濃厚中華蕎麦」の2種類。

屋号の「きつね」が示すとおり、「中華蕎麦」「濃厚中華蕎麦」ともに、トッピングとして巨大な油揚げが搭載される。ラーメンに油揚げ。なかなか思い付かない斬新な発想だ。

周辺は閑静な住宅街だ

いずれのメニューの完成度も、オープン直後の新店とは思えないほど高いが、特におススメしたいのが、舌がとろけるような油揚げの甘みがスープと絶好の相性を示す「中華蕎麦」。

あらかじめ提供したい理想の味のイメージを思い描き、そのイメージに近付けるため、試作を重ねて完成させた1杯は個々の素材の突出を極力回避。だしを構成する各種素材の魅力を平等に引き出し、仲良く共存させることで、単独の素材からでは成し得ない、地に足が付いた「うま味の塊」を表現することに成功した。

スープの味わいが油揚げの甘みを巧みに引き立てている点も、特筆に値する。「スープが甘過ぎると、せっかくの油揚げの甘みがマスキングされてしまう。そうならないよう、うま味成分だけを重点的に抽出しました」という。

レンゲを手繰り、スープをズズっとすすれば、動物系素材の重厚なコクと節の艶やかな香味とが、磁石のN極とS極のように、ピタリと寄り添い一体化。うま味を知覚した瞬間、立て続けに味蕾(みらい)を強襲する昆布の滋味の塩梅(あんばい)も的確無比。味覚中枢のど真ん中をズバンと射抜く。

ジュワっと甘汁がほとばしる油揚げをほお張れば、湧き上がる幸福感。気が付けば、スープの一滴すら残さず完食してしまっていた。

(ラーメン官僚 田中一明)

田中一明
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。