男性経営陣が育休を取得 変わり始める会社と社員
小泉進次郎環境相の育休取得で、リーダーの育休に注目が集まっている。育休制度の対象外である企業の社長や役員が取得するには、株主や関係者の納得を得ることが不可欠だ。必要な工夫や準備、取得の効果は何か。男性経営層の事例で検証した。
スマートフォンゲーム開発モバイルファクトリーの創業社長、宮嶌裕二さん(48)は3人目の子供が生まれた2017年、2カ月間の育休を取得した。第1子の誕生時は2週間の育休をとったものの、第2子のときは取れなかったという。妻が里帰り出産したのに加え、「上場のタイミングに重なり、株主からの批判が怖かった」と振り返る。
会社の業績は上場以来順調に向上しており、第3子誕生時は「自身が育休を取っても屋台骨が揺るがないことを示せる」と考えた。
育休取得を公表すると個人投資家から「会社は大丈夫なのか」と電話があった。インターネット上では様々な批判を書き込まれた。それでも、業績を伸ばし続けてきた自信から「取得の決意は揺るがなかった」。育休中は月1回の取締役会のみ出席した。自身が参加しなかった会議で「普段しゃべらない社員が積極的に発言する」と報告を受けるなど、社内を活性化する効果を実感した。
「子供が生まれるまで、こんなに子煩悩になるとは思わなかった」という宮嶌さんはモーレツな仕事ぶりを改め、育児に積極的に関わるようになった。トップが育休を取ったことで男性社員も後に続き、助け合いや業務の効率化などが広がったことで業績に好影響が出ていると胸を張る。
男性社員の育休を義務化した積水ハウスでは、制度化にあたり年配の役員から反対意見が出たという。「根拠があるわけではなく、男性は会社で働くべきだという先入観によるところが大きい」(仲井嘉浩社長)。経営層の育休となると風当たりはさらに強い。
転職サイト「doda」を手掛けるパーソルキャリア(東京・千代田)の執行役員、村沢典知さん(38)は19年11月中旬から12月末まで育休を取得した。周到に準備すべく、「5月ごろから動き始めた」。社内に反対の声があったわけではないが、執行役員という立場上、ハードルは高いと認識していた。
「上司である社長に打診する際、育休中の体制について説明が不可欠だ」と考え、まずは業務の洗い出しに着手した。エクセルファイルに自分の仕事を全て書きだし、「執行役員に就いたときから考えていた」という後任者育成(サクセッション)プランに沿って割り振った。
10月から11月にかけて「予行演習」も実施した。村沢さんの不在を前提に、1カ月間仕事を回した。準備段階で業務フローを洗い出したつもりだったが、予行演習で人に任せられない暗黙知があると気づいた。
それは育成と評価だった。「評価の根拠を自分で説明する必要があり、人に任せられなかった」。年末だった人事考課を育休明けにずらして対応した。
業務ごとの委譲先をファイルにまとめて秘書に託し、割り振ってもらった。ファイルを見ても判断がつかない場合のみ、メールなどで連絡を受けるようにした。「育休当初は連絡が来ていたが、1週間でほぼなくなった」。村沢さんの不在に社内も少しずつ慣れていったようだ。
NPO法人ファザーリング・ジャパン(東京・千代田)の理事で、大手商社の系列会社の社長時代から育児をしていた川島高之さん(55)は「経営陣が育休をとることで企業価値が向上し、株主のメリットになると説明することが重要だ」と語る。育児を通じて段取り力が上がったり、視野が広がったりするのは仕事力の向上につながる。
さらに、より働きやすい職場の実現が望める。時短勤務や定時退社ができるなど子育て環境が整った職場は、介護やボランティアなどに取り組む人たちにとってもプラスになる。
結果的に企業イメージも向上する。宮嶌さんは育休を取ったことの「想定しなかった副次的効果」として、モバイルファクトリーが中途・新卒とも採用をしやすくなったことを挙げる。
子育て真っただ中の現役リーダーが試行錯誤を重ねて道を開くことが、いろんな効果をもたらしている。トップの踏み出した第一歩には、熱い期待が寄せられている。
部下たちの背中押して ~取材を終えて~
起業意欲の高まりで若い経営者が増えてきた。企業の人事制度が年功序列型から成果重視型に移行すれば、リーダーの若年齢化も進むだろう。一方で女性の出産年齢は上昇している。従来と異なり、出産や育児に直面する経営層は確実に増えていく。
育休を取って育児に取り組んだ人が経営層に増えれば、その組織で働く人が性別や立場を問わず育児にかかわりやすくなると期待できる。広がり始めた男性育休を見ても、意識の世代間格差は残る。世代の端境にいるリーダーたちは新しい時代への道を開いて、部下や若い人たちの背中を押してほしい。
女性の経営者はこの先増えるだろう。育休は女性から男性に広がったが、リーダーによる育休は男性から女性に広がるはずだ。男性経営者が育休を通じ職場と家庭で知見を得ることは、重責を担う人たちのよき先例となり、同時にリーダーになろうとしている女性への応援にもなりそうだ。
(桜井豪)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。