アカデミー賞予想 本命『1917』、対抗『ジョーカー』
ジョン・カビラ、高島彩、町山智浩が見どころ解説
毎年、映画ファンのみならず、世界中から高い注目を集めている米アカデミー賞。第92回を迎える今回も、日本でも異例の大ヒットを記録した「ジョーカー」や話題沸騰中の韓国映画「パラサイト 半地下の家族」など、新たに生み出された傑作の数々が顔をそろえている。
今年のアカデミー賞授賞式は例年より少し早い2月10日(日本時間)に米ロサンゼルス市ハリウッドのドルビー・シアターで開催される。アカデミー賞授賞式の生中継番組で長年にわたって案内役を務めているジョン・カビラさんと高島彩さんに加え、映画評論家の町山智浩さんをお迎えして、今年の見どころから受賞作品の予想についてお話をうかがいました。
激しい争いが予想される作品賞の行方は?
――昨年に引き続き、今年も司会者不在となりましたが、どのような授賞式になると予想されていますか?
ジョン・カビラさん(以下、カビラ):司会者がいる場合は、練りに練ったオープニングトークから始まりますが、それがないのでおそらく前回のクイーンとアダム・ランバートが繰り広げたような華々しいパフォーマンスからスタートするのではないでしょうか。まさに、神のみぞ知る感じですね。(笑)
高島彩さん(以下、高島):どうやって始まるかさえ想像がつかないですが、エルトン・ジョンがいきなりピアノを弾くというのはどうですか?
町山智浩さん(以下、町山):それはいいですね! 特に今回は、「ロケットマン」のタロン・ エガートンが主演男優賞のノミネートから外れてしまいましたから。
――豪華なオープニングに期待が高まりますが、まずは作品賞にノミネートを果たした9作品のなかからイチオシの作品を教えてください。
高島:私は韓国の格差社会を描きつつ、そこから生まれた闇をコメディータッチで描いている「パラサイト 半地下の家族」。まったく先が読めない展開に、引きずり込まれるようでした。心を持っていかれる見事な映画だったので、個人的にはすごく好きな作品です。
カビラ:しかも、もし作品賞を獲ったらアジア作品初ですからね。
高島:同じアジア人としては応援したいです!
カビラ:僕は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」ですね。というのも、実は舞台となった1969年に、ちょうどアメリカにある母の田舎にホームステイをしていたんです。当時は小学校5年生でしたが、モチーフで描かれている凄惨な事件のことも淡い記憶として残っていますし、劇中に登場する映画館にも行ったことがあったので、僕にとってはまさに追憶の体験。車やファッションなども、リアルに思い出しました。あとは、(クエンティン・)タランティーノ監督がおもしろいスピーチをしてくれるんだろうなという期待もあります。
町山:賞は獲らないと思いますが、僕は「フォードvsフェラーリ」が大好きなんですよ。一匹おおかみのレーサーとエンジニアがケンカをしながら、徐々に友情を育んでいくところとかが、少年漫画のようでたまらないですね。
――それでは、ずばり作品賞の本命は?
町山:大本命は「1917 命をかけた伝令」で、それに対抗しているのが「ジョーカー」だと思います。ノミネート数が多ければ多いほど票を集めやすい傾向にあるので、最多となる11部門にノミネートされているという意味では「ジョーカー」が有利。ただ、内容があまりにも反社会的であることと、アカデミー会員は年配層の方々が多いので、こういった作品に投票しないのではないかというの不安要素はあります。となると、誰も怒らせない映画である「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が獲る可能性もあるかと。
高島:確かに、「それならいいかな」とみんな思うような作品ですからね。
時代を反映する受賞者のスピーチも見逃せない
――ということは、この3作品に票が分かれそうですね。そのほかに注目している部門や俳優はいますか?
カビラ:監督賞なら先ほども触れたタランティーノ監督ですが、同作で助演男優賞にノミネートされたブラッド・ピットはそろそろあげてもいいんじゃないかなと思っています。
高島:しかも、プライベートでも大変でしたから、あげたいですよね。(笑)
カビラ:今回、ブラッド・ピット以外は過去にアカデミー賞を受賞していますが、1人以外受賞経験者というのは珍しくないですか?
町山:そうですね。アカデミー賞というのは、ハリウッドの業界の人たちが投票する内輪の賞でもあるので、「ブラピだけ賞とってないよね」とか「離婚してアルコール依存症になってもがんばってるよね」みたいなことで、作品の内容以上に意外と票が集まることもありますから(笑)。予想するうえでは、そういうところも考慮したほうがいいかなと。
高島:どんな自虐的なスピーチをするのか、というのも楽しみですよね。あと、スピーチを聞きたいという意味では、主演女優賞にノミネートされた「スキャンダル」のシャーリーズ・セロンにも一票。女性の権利を強く主張するようなスピーチを聞かせてくれそうなので、期待したいです。
カビラ:しかも、2020年は大統領選挙もあるので、断絶や「#MeToo」といったすべてを織り交ぜてくれそうですよね。
高島:それから、「マリッジ・ストーリー」で離婚へと向かう夫婦を演じたスカーレット・ ヨハンソンとアダム・ドライバーもよかったです。おそらく結婚されている方は共感できるところもあるかと。
町山:たとえば、「あなたのためにキャリアを犠牲にしたのよ!」みたいなところとか(笑)。
高島:そうですね。特に、共働きだとお互いに我慢しているところは誰もがあると思うので。実は、家でこの作品を見ていたときにたまたま主人が帰ってきたんですが、余計なことを言ってしまいそうだったので、1回止めてそのあとに1人で見ました。(笑)
――確かに、「マリッジ・ストーリー」はリアルに共感する女性が多い作品だと思います。
町山:ちなみに、僕が注目しているのは、脚本賞の「マリッジ・ストーリー」のノア・バームバック監督と脚色賞の「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のグレタ・ガーウィグ監督。この2人は交際していてお子さんもいるんですよ!
高島:二人でノミネートされているのは、すごいことですね。
人種や性差別はアカデミー賞にとっても永遠のテーマ
――今年は、白人中心であることや女性監督がノミネートされていないことなどが話題になっていますが、そのことに関してはどのように感じていますか?
カビラ:これはずっと向き合っていかないといけないことであり、永遠のテーマかもしれませんね。
高島:話は少し違いますが、たとえば男性が育休を取る・取らないがニュースにならない世の中になればいいなと思うように、「今回は白人ばっかりなんだ」ということ自体が話題にならない時代が来ればいいですよね。なかなか難しいですが……。
町山:いまのアメリカでは、格差が固定化されているので、貧しい人たちにチャンスが与えられることが少なくなってきているんです。そうすると、人種的な役割も固定化されてしまうので、それはよくないことだなとは思っています。
カビラ:これからも言い続けることが大事なんでしょうね。ただ、いずれアカデミー会員にも世代交代が起きるので、10年後、20年後どうなっているのかに期待したいです。
町山:そうですね。ただ、そもそもアカデミー賞に選ばれるようなアメリカ映画は知的で白人的な傾向になりがち。一方で、アカデミー賞とは縁がないような娯楽映画やコミック映画の世界は、すごくダイバーシティーが進んでいて、人種もバラエティーに富んでいるんですけどね。
――また、今回はNetflix制作の作品が躍進を遂げ、制作会社別ではトップとなる合計24部門にノミネートされました。Netflixの存在が映画界に与えた影響をどう感じていますか?
町山:興行的にはあまり変わっていないんですが、Netflixによって一番大きく変化したのは、映画とドラマの境目がなくなってきたこと。はっきり言って、作品の長さ以外に差がありません。そのあたりは大きな影響を与えていると思います。
カビラ:映画ではありえないですが、いずれ一時停止を前提とした長編ができるかもしれないですよね。
町山:ストーリーの結末を選べたりとか。
高島:ただ、その一方で、「1917 命をかけた伝令」のように、「絶対に映画館で見たいよね!」みたいな作品への思いも逆に生まれているような気もしているので、そういう意味では、いい現象だと思います。
町山:確かに、そこはすごく分かれていますね。
カビラ:つまり、映画に対してより没入度やライブ感が問われているのかもしれません。
日本映画界はもっと働きかけるべきだ
――なるほど。今回は残念ながら、日本作品のノミネートはありませんでしたが、敗因はどのあたりでしょうか?
町山:「天気の子」は、アメリカでの公開とプロモーションをかけたのが遅かったですよね。たとえば、「この世界の片隅に」もあれだけアメリカで評価されたのにノミネートされなかったのは、プロモーションの問題だと思っています。日本はもっと働きかけるべきです。
――アカデミー賞では、プロモーションのかけ方が重要ということでしょうか?
町山:そうですね。日本の作品でいうと、「おくりびと」はプロモーションに力を入れてがんばっていましたが、そのほかはあまりにも何もしなさ過ぎている印象はあります。とはいえ、お金がないという事情もあるとは思いますが……。
カビラ:アメリカだと、新聞広告からビルボードまでかなり宣伝していますし、監督や俳優もものすごくプロモーション活動していますよね。
町山:そうそう。アカデミー賞が近づいてくると、業界紙も「この人に投票してください!」という広告だらけですよ。日本にいると、広告も宣伝もなくアカデミー賞が行われているように見えますが、現地ではまったく違いますから。
――日本はそのあたりから学ぶべきなんですね。
町山:あと、作品のテーマとしては、昨年「万引き家族」がノミネートされたように、実際に起こっている問題を描くのは、大事だなと思います。多くの人が関心を持っているところでもあるので。
カビラ:世界を覆っている断絶と格差など、普遍のテーマは大事ですね。ただ、いまの日本映画は、どうしても商業的に成功するための定理みたいなものがあると思うので、そういった日本映画界のビジネスシステムが変わらないと難しいところもあるかもしれません。
町山:それはありますね。でも、アメリカ人は結構「翔んで埼玉」を楽しんでいたりするんですよ、埼玉がどこかも知らないのに(笑)。そういった地域差別はどこにでもあるので、通じるところがあるんでしょう。
カビラ:確かに、喜怒哀楽やおもしろさ、悲しさという部分では世界共通で伝わりますからね。
――最後に、授賞式を楽しみにしている方へ注目ポイントなどをメッセージとしてお願いします。
カビラ:中島健人さんと河北麻友子さんが現地リポーターとしてレッドカーペットの興奮を伝えてくれるので、プレセレモニーの盛り上がりをまずは感じつつ、ショーとしても完成されているアカデミー賞を楽しんでほしいです。
高島:私はレッドカーペットで、ホアキン・フェニックスのインタビューが取れたらすごいなと期待しています。あとはスターのみなさんのドレスアップした姿も、注目したいですね。
カビラ:ホアキンはぜひ見たいですね。
町山:今回は、ノミネートされた作品で事前に見られるものが多いので、授賞式までにできるだけ見てもらうといいかなと思います。アメリカでは、アカデミー賞を見ながらみんなでパーティーをしたりしているので、そういう楽しみ方もオススメです。
カビラ:現地では、個人のオスカーパーティー用にオスカーフードと呼ばれるフィンガーフードのメニューまであるくらいですから。
高島:日本でも、はやると楽しそうですね。
放送日:2020年2月10日(月)午前8:30 [二] [同時通訳]/夜9:00[字幕版] (いずれもWOWOWプライム)
案内役:ジョン・カビラ、高島 彩
スペシャルゲスト:中島健人(Sexy Zone)
レッドカーペット・リポーター:河北麻友子
スタジオゲスト:白石和彌、町山智浩
(ライター 志村昌美、写真 小川拓洋)
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