吸血鬼はノンフィクション? 伸びる爪、腐らぬ体の謎

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

1922年のサイレント映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』のワンシーン。ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』の非公認の翻案であり、俳優のマックス・シュレックがオルロック伯爵を演じた。その姿は東欧の民間伝承の吸血鬼に近い(ALBUM)

アイルランド人作家ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』が1897年に刊行されたとき、元の原稿にあった序文はカットされていた。

その序文には「私は純粋なフィクションを書いたのではない」と記されていたのだ。「ここに描かれた出来事が、一見どれほど信じがたく、不可解に思えようとも、実際に起きたのだということは疑いの余地もない。私は強くそう信じている」

死にきれなかった亡者が歩き回り、生きている者を襲う。ドラキュラ伯爵は、東欧で根強く信じられていた伝承の文学的な集大成だった。

作者ストーカーをはじめ、19世紀の作家たちに絶大な影響を与えたものの1つが、18世紀のベネディクト会修道士にして著名な聖書学者ドン・オーギュスタン・カルメの著作だ。2巻からなるカルメの著書が出版されたのは1746年のこと。『天使、悪魔、霊の出現、およびハンガリー、ボヘミア、モラビア、シレジアの亡霊・吸血鬼についての論考』と題された超自然現象の調査記録は、貴重な吸血鬼伝承の宝庫だった。

カルメは、17世紀後半から18世紀初めに東欧で起きた吸血鬼事件の報告を慎重にかき集め、検討した。これらの報告は、信頼できる情報源に基づいているにもかかわらず、詳しい記述の内容はおよそ現実離れしており、その隔たりの謎を解明しようと、やがて哲学者や医師たちの間に激しい議論を巻き起こす。

18世紀フランスの版画に描かれたA・A・カルメ(部分)(BNF)

カルメが伝えた有名なアルノルト・パウルの事例

超自然的な力を学問的に研究すれば、批判と嘲笑を呼ぶかもしれないと、カルメも自ら著書の序文で認めている。一方で、信頼できる証人からの証言は、全くの妄想や作り話として片づけるには、あまりにも詳しすぎるし、一貫性もあると主張した。様々な吸血鬼の報告が正当なものかどうかは、注意深く検討するに値するというのが彼の立場だった。

死者が戻ってきたという目撃談を、カルメは数多く記録している。いわく、「地上によみがえり、話をし、歩き、村に出没し、人間や動物を襲い、近親者の血を吸い、健康を損なわせ、最後には死に至らしめる」という。こうした亡者は「吸血鬼(バンパイア)という名で呼ばれる」とカルメは書いた。

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