悩むうちに自分の価値観が見えてくる
筆者も2019年11月に東京で行われた「けあとの遭遇」の体験会に参加してみた。ボードゲームのプレーと振り返りを中心にした約2時間のプログラムだ。当日は介護職の人や会社員ら9人が参加していた。

ゲームは3~4人が1チームになり、皆、同じ職場の営業パーソンという設定。会社は倒産の危機にあり業績を上げるミッションが課される中、各個人でも「仕事命」「(仕事と自分の家庭を大切にする)ワークライフバランス」「親孝行」など7種類のミッションから自分自身のミッションを決め、仕事と介護の両方を意識しながらゲームを進めていく。
最初にサイコロを振り、盤上にあるコマを動かしてからカードを引く。そのカードには「認知症の疑い」「脳卒中で倒れた」といった親の病気や、仕事にまつわるトラブル、旅行に行くなどの家族のイベントが書かれていて、その下に書かれた指示に基づいてお金を払ったり、ケアを受けるかどうかの選択をしたりする。

チームごとに職場の業績がポイントで表され、最終的に10ポイント以下だと倒産という結果に。各人が順番にプレーし、6周回れば終了となり、勝ち負けはない。
盤上には「親の要介護度」や「親や会社などとの関係性の度合い」「個人の仕事の成績」などを示す複数の種類のコマがあり、その動かし方のルールは少々複雑。50代の私はのみ込みが悪いのか、コマの動かし方に四苦八苦する一方、仕事と介護、どちらを優先すべきかの選択も迫られてオロオロ。チームで行うため業績を上げようと仕事のほうに時間を使いすぎると、親との関係が悪化していくなど、仕事とプライベートのバランスをどう取るかが悩ましかった。
「ゲームでは、普段の生活を送っている時に親の介護というイベントが起きる体験をしていただきます。その中で、自分自身の限られた時間をどんなことに使うのか、何を優先させるのか悩んでもらいます。すると、その方が大切にしている価値観が出てきます。『仕事命』の生き方が大事だと思っていたのに、ゲームをしてみると、案外プライベートを重視していることに気づくことも。なぜそうなったのか、プロセスを振り返ることで、自分の考え方の傾向が浮き彫りになることもあります。どのような生き方をしたいのか、それを実現するためには何が必要なのかを考えるきっかけにしていただいています」(佐々木さん)
介護の複雑さをリアルに表現
この体験会の後、参加者に感想を聞かせてもらった。
初めて参加した30代の女性は、子育てと介護のダブルケアの経験があり、ダブルケアの情報発信や研究事業などを行うNPO法人を発足。佐々木さんたちと新しいワークショップの開発を予定している。「介護の複雑な現状がリアルに再現され、作り込まれたゲームだと感じました。介護やプライベートより仕事を優先しても会社の業績は上がらず、家族との関係性も悪くなってしまうところがリアリティーを伴っています」と話す。
以前に体験会を訪れたことがある50代の女性も、実際に介護と子育てのダブルケアを経験。今後、ワークショップでファシリテーターを務める予定だ。「介護と仕事が同時進行にあって、そこで何かを選択するゲームなので自分事として考えられます。私自身、介護離職をしていますが、仕事復帰した後の方が精神的に余裕を持って介護できたので、仕事は辞めないでもらいたいです」と語ってくれた。
ファシリテーターを育成したい
これまでに「けあとの遭遇」に参加した人は、企業研修として実施した10社の従業員も含めて延べ400人ほど。濱さんは「体験者の中には、このワークショップの後に親御さんを亡くされ、ボードゲームを体験したからこそ最期に向き合って話ができたという方がいらっしゃいます。また、繰り返し体験会に参加している方も。ゲームをするメンバーが変わると、チームの雰囲気が変化するので、また違う視点を知ることができたり、自分の新たな価値観に気付いたりすることがあります」と話す。
現在は一般向けのワークショップを東京近郊で月に1、2回開催。and familyのウェブサイトやフェイスブックで日時を伝えていて、料金は基本的に1人2000円。来年度中には名古屋や大阪などの都市部でも行う予定だ。
ワークショップのファシリテーターも今の4人から、100人に増やすことを当面の目標に設定。介護現場での経験がある人を中心に育成し、有償で仕事をしてもらうことを考えている。社会の中で介護の状況が変われば、ゲームの内容も見直し、人生をリアルに疑似体験できる機会を作っていく。
(ライター 福島恵美、カメラマン 村田わかな)

