フランス映画を変えた アニエス・ヴァルダ珠玉の3本
恋する映画 『ラ・ポワント・クールト』『ダゲール街の人々』…
2019年は、令和という新しい時代の幕開けとなりましたが、いっぽうでこれまで時代を作ってきた著名人たちとの別れも多くありました。その一人が、今年3月にこの世を去った女性監督アニエス・ヴァルダ。フランスのみならず、世界中の映画ファンから愛されていたヴァルダですが、そんな彼女の魅力に迫ることができる特集上映『アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画』が現在開催されています。
映画界に革命を起こした伝説が生まれた瞬間
今回上映されるのは、1954年に長編劇映画デビューを飾った『ラ・ポワント・クールト』、75年製作の傑作ドキュメンタリー『ダゲール街の人々』、そして最新作であり最後の作品となってしまった『アニエスによるヴァルダ』の3本。過去の2作品も、日本での劇場初公開という貴重な機会となっています。
『ラ・ポワント・クールト』は、ヴァルダが26歳のときに自主制作した作品。母親の故郷であり、自身も幼いころに過ごしていたフランス南部にあるセートという漁村を舞台に、ある一組の夫婦と地元の人々による2つのエピソードを軸に描いた物語です。夫婦を演じたプロの俳優以外は素人を起用し、それぞれのテイストも変えるなど、まるで違うストーリーを交互に映し出していますが、それによってどちらか1つだけを描いた映画では味わえない感覚で作品のなかへと引き込まれていくこととなります。
それまで写真家として活動していた彼女ですが、驚くことに当時はあまり映画の知識もないまま撮影に挑んだのだとか。とはいえ、彼女の特出した才能と感性により生み出された傑作は、それまでのフランス映画とは一線を画す作品に。その後、「ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらによって起こされたヌーベルバーグも実はここから始まった」と言われているだけに、映画史を語るうえでも見逃せない1本です。
ヴァルダにしか撮れなかった景色に心が動く
続く『ダゲール街の人々』は、ヴァルダ自身が50年以上も暮らし、活動の拠点にもしていたパリ14区のダゲール通りを舞台にしたドキュメンタリー。肉屋やパン屋、美容室、香水屋といったその街に根付いた商店で生きる人々の日常に寄り添い、彼らの言葉に耳を傾けるというアニエスならではの視点と優しいまなざしを堪能できる作品となっています。
決して劇的なことが起きるわけではありませんが、それゆえに当時のリアルな空気感が伝わり、その時代の人々の息遣いが感じられるはずです。劇中では、街のカフェで出し物をする奇術師が登場しますが、彼が繰り広げる魔術と住民たちの日常生活という一見かけ離れたように見える要素でさえもうまく結びつけてしまう見事な手腕も発揮。ダゲール街をこよなく愛したアニエスだからこそ完成した珠玉のドキュメンタリー作品です。
生涯現役であり続けた女性監督の真意
遺作となる『アニエスによるヴァルダ』は、自らの言葉で作品の魅力を語り尽くしたセルフ・ポートレート。彼女のチャーミングな人柄とユーモアに富んだ話術に、誰もがヴァルダを愛さずにはいられません。そして、創作活動に注がれてきた情熱を支えている原動力や作品に込めた思いなど、どれもインスピレーションを与えてくれる興味深いものばかり。
夫であったフランスの名匠ジャック・ドゥミ監督とのエピソードや彼女が歩んできた映画の歴史は、ヴァルダファンにとっては垂涎(すいぜん)ものですが、これまであまり彼女の作品に触れてこなかったという人でも、入門編にはピッタリとなっています。彼女自身の解説を聞いてから過去の作品を見ることで、作品への理解もより深まること間違いなしです。
映画監督、写真家、ビジュアルアーティストとして60年以上活躍し、90歳になっても生涯現役であり続けたヴァルダにとって、仕事をするうえで大切だったのは、「ひらめき」「創造」「共有」の3つ。その裏にある思いは、どんな仕事にも共通するものであり、同じ働く女性として彼女の生き方から学ぶところは多いはずです。ヴァルダが残してくれた愛のある言葉の数々を胸に、新たな年を迎えてみては?
12月21日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
配給:ザジフィルムズ
(ライター 志村昌美)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。