「灘というと勉強しかしていないイメージを私自身もっていましたが、実際来てみたら、運動神経がある子も割といますし、活発でうるさいくらいの子もいますし、自分のそれまでの先入観が間違っていたんだなと気づきました」(坂口さん)

坂口さんは柔道部の顧問でもあるが、灘は決して柔道の強豪校ではない。

「私自身は物心がついたころから生活の一部として柔道に取り組んできたので、中学生になってから柔道部に入っていちから柔道を始めるという感覚が最初はなかなか理解できませんでした。それに灘ではそもそも部活に毎日来るという前提がない(笑)」(坂口さん)

柔道部では、高校の新人戦を前にハードな練習が行われていた

最初は戸惑ったという。

「でも一方で、彼らは集中力がものすごいので、できる子は短期間でそこそこできるようになります。最近までラグビー部の顧問も兼任していたのですが、ラグビー部も試合本番になると集中力を発揮してめちゃめちゃいい試合をしたりするんです。灘の生徒たちは勉強ができるだけじゃないんだなとわかりました。それを生かして、どうやっていちから部員を育てていくか、それがいまの私の楽しみです」(坂口さん)

灘の畳から真のグローバル人材が育つ

嘉納治五郎が講道館や灘で育てたかった次世代の若者とは、向かい合う敵を次から次へと圧倒する無敵の格闘家や知略家ではあるまい。体力がある者はそれを善用すればいい。知恵のある者はそれを善用すればいい。そしてその力を自分のためだけに使うのでなく、お互いを高め合うために使えるようになってほしい。未知なる課題に直面したときにも、おじけづくことなく対処し、粘り強く解決できるひとになってほしい。そういう気持ちであったはずだ。

「校是である精力善用・自他共栄を、頭で理解するのみならず、体で理解するのが灘の柔道の授業です。勝ち負けにこだわる柔道ではなく、自分自身を磨き上げるためのひとつの方法としての柔道です。うちには運動が苦手な子も、体が小さい子もたくさんいます。それでも自分の力を最大限に活用する術を知ってほしい。お互いに力を出し合って切磋琢磨(せっさたくま)する姿勢は勉強にも通じます。生徒同士がよく勉強を教え合っていますよ」と和田校長。

強靱なる「グローバル人材」嘉納治五郎の教えの本質が、いまでも灘という学校の中に、そしてその柔道場の畳に、染みついているのである。

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灘中学校・高等学校(神戸市)
 創立は1927年。日本酒の「菊正宗」で知られる「嘉納家」と「白鶴」で知られるもうひとつの「嘉納家」、「櫻正宗」で知られる「山邑家」の3つの酒蔵が資金を出してつくられた。建学の指揮を執ったのは大河ドラマ「いだてん」にも登場する嘉納治五郎。1学年は約220人。2019年東大合格者数は73人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~19年)平均は177人で全国3位。卒業生には、ノーベル化学賞の野依良治氏や神奈川県知事の黒岩祐治氏、阪急阪神ホールディングス会長の角和夫氏などがいる。

新・男子校という選択 (日経プレミア)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 935円 (税込み)

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