そのときお乗せした30代くらいの女性は銀座からほとんど目と鼻の先の新富町で降りました。それでもすぐにタクシー乗り場に戻ればピストン輸送のようで効率がいいと思い直し、銀座に向かいました。そして築地の交差点に差し掛かったとき、ネクタイ姿の男性3人組に呼び止められたのです。

浅草寺や明治神宮などを巡る幸せ

行き先は「小田原」。びっくりです。お化けが出たのです。まるで3人の「迎車」として、銀座から駆けつけてきたような気分になりました。乗ったのは食品関連の会社員たちで、取引先に暮れのあいさつを済ませ、一杯飲んで地元の小田原に帰るところでした。小田原の手前で声をかけることを約束すると、3人とも寛(くつろ)いで眠ってしまいました。2時間くらい運転してお客様を降ろすときには「お疲れさまでした」と1年分の思いのこもったような声をかけあって別れます。僕にもひと仕事を終えた満足感がありました。そして銀座から新富町までのわずかな距離、僕のタクシーに乗ってくれた女性に感謝しました。こちらはお化けではなく、まさに弁財天です。われながら現金なものですね。

夜明け前の銀座で旧服部時計店本社ビル(和光ビル)の時計塔を眺めるのが好きだった(画・安住孝史氏)

大晦日の夜。NHKの紅白歌合戦が始まると途端にお客様はいなくなり、われわれ運転手もいったん会社に帰ってひと休みです。そして歌合戦が終わって再び街に出ると、外はだんだん昼間のようににぎやかになってきます。ラジオの「ゆく年くる年」でお寺の鐘の音を聞きながら車を走らせます。

浅草寺にお参りしたお客様を京成線青砥駅近くまでお乗せした帰り、若い男女に呼び止められたことがあります。着物姿の女の人が「明治神宮まで。毎年行っているのよ」と話した声がとてもきれいに聞こえました。

大晦日から元日にかけて、こんなふうに神社仏閣を行き来できるのは、運転手冥利に尽きます。来る年も頑張らなくてはいけない、良い年にしようと、そんな思いがわいてきたものです。

安住孝史
1937年(昭和12年)東京生まれ。画家を志し、大学の建築科を中退。70年に初個展。消しゴムを使わない独自の技法で鉛筆画を描き続ける。タクシー運転手は通算20年余り務め、2016年に運転免許を返納した。児童を含めた芸術活動を支援する悠美会国際美術展(東京・中央)の理事も務める。画文集に「東京 夜の町角」(河出書房新社)、「東京・昭和のおもかげ」(日貿出版社)など。

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