後から穴埋めした「スタートでの出遅れ」

総合職は「想像していたより面白かった」。49歳で課長になった。課長時代には全国に分散していた医療保険の支払部門を1カ所に集中させ、新しい部署を立ち上げた。全国から仕事を移管し、中途採用で人員も増やした。業務フロアを増やし、人員増に対応した。「人生最大の大仕事だったと思います。本当に忙しかった。でも、任せてもらえたことがうれしかったし、仕事が面白くて仕方がなかった」と振り返る。180人体制の部署をつくり上げ、54歳のときに同じ部署の部長に昇進した。同社では女性初だった。

年次でみれば昇進は遅いほうだ。課長になる前には後輩3人に昇進で抜かれるという悔しさも味わった。「当時はやはり悔しくて、腐った気持ちになったりもしました。しかし、一般職として入社したので、やはり経験が圧倒的に足りていなかったということに、後から気づきました」

社長を務めるSOMPOコミュニケーションズはコールセンター業務を担う、重要な子会社だ

次々と「女性初」を実現していくことにプレッシャーは感じなかったのだろうか。「女性初という点ではプレッシャーは感じませんでした。でも、役職に就いてみて初めて、業務内容で知らないことがまだあると気づき、プレッシャーを感じるということはもちろんありました。やはり総合職でスタートした人に比べ知識や経験が抜けている部分はあったのです。そのたびに、自分で勉強し、先輩たちに質問して、自分の足りないところを穴埋めしてきました」

役員になったときには、自分で費用を負担して家庭教師もつけた。「役員になって初めて経営会議に出席し、自分が全く話せないことに気づいて、がくぜんとしたんです」。半年ほどの間、休みの日に家庭教師に来てもらった。プレゼンテーション中の話し方をタブレット端末で撮影してもらって指導を受ける。「その話し方だと、感情的に見えるとか、議論になったときには反証する材料を用意して話を進めるとか。そういう訓練を繰り返しました。おかげで、経営会議で笑いながら会話ができるようになりました」

もうひとつ、役員になるにあたって陶山さんが考えたことがある。女性を役員にすることで、会社はどんな化学反応を期待しているのだろうか、ということだ。ここが冒頭の、パンツスーツを着なくなったという変化につながっていく。

(藤原仁美)

※後編は12月24日に公開します。

「キャリアの原点」記事一覧

「キャリアの原点」の記事一覧はこちら

マネジメント層に必要な4つのスキルを鍛える講座/日経ビジネススクール

会社役員・経営幹部の方を対象とした、企業価値を高める経営の実務に役立つビジネス講座を厳選

>> 講座一覧はこちら