急な雨に傘シェアリング 駅や街に広がる1日70円の輪
突然の雨のためにビニール傘を買った経験は誰にでもあるだろう。1本500円前後はするので痛い出費だ。さらに、ビニール傘が毎年、大量に廃棄処分されることで、社会全体にも多大なコストが生じている。この問題を解決しようと立ち上がったのが、傘のシェアリングサービス「アイカサ」を運営するNature Innovation Group社長の丸川照司氏だ。2018年12月のサービス開始からまだ1年ほどだが、東日本旅客鉄道(JR東日本)、西武鉄道などの鉄道各社、福岡市、東京都渋谷区、早稲田大学など、名だたる大企業や公共機関が続々と導入している。25歳の若き起業家は、傘シェアリングで社会をどう変えるのか。
東京なら自転車より傘を直感
「マレーシアに留学していた17年当時、日本で自転車のシェアリングサービスへ参入する企業がニュースになっていた。でも東京都内で移動するなら自転車より、徒歩。日本でシェアリングサービスをするなら自転車より傘じゃないか、と直感的に思った」。丸川氏は、起業のきっかけをそう振り返る。既に、傘のシェアリングは中国やカナダでも始まっていたことが背中を押した。
早速、大学を中退し日本に戻った。「大学は自分が何をしたいのか探す場所だと思っていたので、迷うことは無かった」。留学費用は日本で働いて、自分で稼いだお金だった。18年3月から渋谷で現在のビジネスモデルの原型となる仕組みを検証した。そこで自己資金は尽きたが、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家など25カ所以上を回って資金を調達。18年12月から「アイカサ」を始めることになる。
利用法は、まずスマートフォンのLINEアプリで「アイカサ」と検索し、「友だち」になる。アイカサのシェアスポットには、ダイヤルロックが掛けられた傘が置いてあるので、その傘のQRコードをスマホで読み込むと解錠に必要なパスワードが表示される。傘のロックを解いて利用し、返却時には傘置き場の返却用QRコードを読み込む。傘は同じ置き場に返す必要は無く、アイカサの他のスポットでもいい。
利用料金はLINEで決済情報を登録し、LINE Payかクレジットカードで支払う。傘の利用料は1日(借りた時点から24時間以内)なら70円(税込み、以下同)。これは「月に3~4回利用していただいて300円なら使ってもらえるのでは」(丸川氏)という考えから価格が設定された。傘のシェアスポットは19年10月時点で600カ所に達し、アイカサのユーザー登録数も5万人を超える。
雨を気にしなければ地域経済は活性化
目指すのは、「傘を持ち歩かないで済む生活の提案」(丸川氏)だ。その目標に一歩大きく近づいたのは、19年9月22日に西武新宿線の全29駅がアイカサを実証実験のため導入したことだった。例えば沿線住民なら、繁華街のある西武新宿駅に買い物に来たときに、突然雨が降ってきたとしても駅前で傘を借りて用事を済ませ、また駅前で傘を返して、手ぶらになって帰れる。自宅の最寄り駅に着いたときにまだ雨が降っていたら、再び傘を借りるといったことが可能になる。
雨の日に傘を持っていないと、ビニール傘への出費を避けるために街へと出歩くのを避けてしまいがちだ。雨を気にせずに街を歩ければ、地域経済は活性化するというのが丸川氏の持論。「東京・上野ではアイカサを設置したことで雨の日の人の動きに変化が生まれ、商店街に足を運ぶ人が増えた。消費者心理としても捨ててしまうビニール傘に500円を払うくらいなら、そのお金で今流行のタピオカドリンクを買った方が、幸せな気持ちになれるのでは」(丸川氏)。
西武鉄道だけでなく、JR東日本や東急電鉄、小田急電鉄などもアイカサを導入している。福岡市や早稲田大学もそうだ。名だたる大企業や公共機関をどうやって味方にしたのか。「当たって砕けろで、傘のシェアスポットを設置したい場所を持っている企業の担当者を探して、声を掛けた。誰が担当者かはもちろん分からないので、意中の企業の問い合わせ窓口に電話をかけたり、その企業の方が参加するイベントを見つけたら、会場に出掛けたりした」(丸川氏)。
捨てられたビニール傘の処分は鉄道会社にとっても処理費用が負担になっているのは確かだが、大企業は役割が細分化され、意中の人になかなか会えない場合も多いだろう。だが、「社会的意義を説明すると、目の前で話を聞いてくれた方が共感して、担当者につないでくれた」(丸川氏)。
転機となったのは、19年6月にJR東日本のグループ会社から出資を受けたことだ。鉄道関係者の認知度が一気に上がったという。
丸川氏の現在の目標は23年までに、東京23区内に乗り入れる全路線のほとんどの駅に傘のシェアリングスポットを設置することだ。「試算では1日数十万本の傘の利用が期待できる。それだけの数の利用者がいれば、社会全体の雨の日の過ごし方も変わってくる」と丸川氏は目を輝かせた。
(日経クロストレンド 水野孝彦)
[日経トレンディ2020年1月号の記事を再構成]
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