時代に敗れ、最後に勝った安藤百福 ハーバードの視点ハーバードビジネススクール教授 ジェフリー・ジョーンズ氏(上)

佐藤 今年、教材を出版したのは、昨今のアメリカにおけるラーメンブームと関係がありますか。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

ジョーンズ このタイミングで出版したのには3つ理由があります。1つめはもちろんアメリカにおけるラーメンブームです。現在、ボストンだけでも数え切れないほどのラーメン店があり、人気店の前には長い行列ができています。スーパーマーケットに行けば、インスタントラーメンだけではなく、家庭でも調理できるラーメンセットがたくさん売っています。ハワイに本社があるサン・ヌードルズという製めん会社は600種類ものめんを全米のラーメン店や小売店に卸しているそうです。

2つめは、安藤百福の「モモフク」はアメリカ人の学生にとって「なじみのある名前」であることです。というのも、今、ニューヨークでは有名シェフのデイヴィッド・チャンが創業した「Momofuku」というレストランチェーンが大人気となっているからです。(筆者注:ラーメンだけではなく、様々な創作料理を提供)。この「Momofuku」というグループ名は安藤百福にちなんで名付けられたものです。

3つめは、私の授業を受講していた日本人学生の高田愛美さんが今年、安藤百福についての素晴らしいリポートを書いてくれたことです。彼女は「カップヌードルミュージアム横浜」の近くに住んでいたこともあり、ずっとインスタントラーメンの歴史とインスタントラーメンを発明した起業家、安藤百福に興味を持っていたそうです。そこで彼女に共著者になってもらって、教材にすることにしたのです。

現在、私が教えている「起業家精神とグローバル資本主義」では28の教材をつかっていますが、そのうちの12はMBAの学生のリポートから生まれたものです。歴史を教える授業ではあるものの、新しい世代の学生の興味や流行を取り入れるように心がけています。

佐藤 今年11月の授業で早速、「安藤百福とラーメンの国際化」について教えたとのことですが、どのようなテーマで議論しましたか。

時代のコンテクストが大きく影響

ジョーンズ まず私が学生に質問したのは「安藤百福は成功するまで、なぜこれほど多くの手痛い失敗を重ねなければならなかったのか」。授業では「安藤百福が失敗したのは、事業を始めた時代と場所が悪かったからではないか」と発言した学生がいましたが、彼の人生を見れば、起業家の成功と失敗には、その起業家が生きた時代のコンテクスト(文脈、環境)が大きく関わってくることがわかります。

20代で日本のメリヤス製品を台湾で売る貿易商売を始めて、財を成しますが、太平洋戦争の勃発で貿易が継続できなくなり、断念。戦時下でも多くの事業を起こしますが、国から支給される資材を横流ししたと疑われ憲兵隊に拘束されます。戦後もGHQ(連合国軍総司令部)から脱税容疑をかけられ逮捕。これらの事実が何を示しているかといえば、起業家としての才能やスキルに恵まれていても、素晴らしい事業プランがあっても、その起業家が生きた時代と場所が悪ければ、うまくいかないということなのです。

佐藤 安藤百福の成功に、時代のコンテクストはどのように関わっていますか。

ジョーンズ 百福が戦後、成功したのは、戦前・戦中期とは対照的に時代のコンテクストを味方につけることができたからです。戦後の日本の都市には、集団就職で地方の農村から流入してきた若者がたくさんいました。彼らは、食事やお弁当をつくってくれる家族もいない中、朝から晩まで働かなくてはなりませんでした。その結果、所得は増えても食事をとる時間がないという人が急増。「少々高くても早く食べられる食品を買いたい」というニーズが高まっていきました。こうした中、安藤百福は絶妙のタイミングでチキンラーメンやカップヌードルを世に出したのです。

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