伝説のトキワ荘復元 4畳半に甦る巨匠漫画家の青春編集委員 小林明

漫画の巨匠たちが青春時代を過ごした伝説のアパート「トキワ荘」の復元予想図(東京都豊島区南長崎)。来年3月22日から公開予定

手塚治虫さん、藤子不二雄(藤本弘・安孫子素雄)さん、石ノ森章太郎さん、赤塚不二夫さん……。漫画家の巨匠たちが青春時代を過ごした東京都豊島区(南長崎)の伝説のアパート「トキワ荘」が来年3月までに復元され、ミュージアムとしてオープンする。

復元後の「トキワ荘マンガミュージアム」内部予想図。下が1階、上が2階。若手漫画家たちは2階にあった4畳半の部屋で暮らした

木造2階建てで風呂無し、トイレ・台所共同の同アパートは1982年に老朽化で解体されていたが、近隣住民や漫画ファンから復元を求める声が強まっていた。そこで2020年の東京五輪開催をにらみ、漫画家の巨匠たちの青春時代が甦(よみがえ)る記念施設として新築されることになった。「建物の外観や4畳半の部屋の間取り、トイレ、炊事場、玄関、階段まで忠実に再現する」という計画の詳細を先取りして紹介しよう。

さらに調査で明らかになった巨匠たちの激しいライバル心、意外な素顔や生活ぶり、「トキワ荘」最後の住人の貴重な証言についても併せてお届けする。

のべ11人の若手漫画家が入居、才能や感性を競い合う「梁山泊」

「トキワ荘」とは1952年12月に豊島区南長崎3丁目で棟上げ式を行ったアパートのこと。53年初め、雑誌「漫画少年」を発行していた学童社の編集者が手塚治虫さんを自分が住んでいた「トキワ荘」に入居するように勧めたのが最初のきっかけ。以来、学童社の雑誌に連載を持つ若手漫画家らを次々と入居させるようになり、やがて同世代の有望な若手漫画家たちが共同生活を送りながら、互いに刺激を与え合い、才能、感性、作画の技術などを切磋琢磨(せっさたくま)する梁山泊(りょうざんぱく)のような場所になってゆく。

「トキワ荘マンガミュージアム」の平面図。14号室に手塚さん(後に安孫子さん)、15号室に藤本さん、16号室に赤塚さん、17号室に石ノ森さんらが住んだ

53~62年の10年間に「トキワ荘」で暮らした漫画家は、手塚、藤本、安孫子、石ノ森、赤塚各氏のほか、水野英子さん、寺田ヒロオさん、鈴木伸一さん、森安なおやさん、よこたとくおさん、山内ジョージさんらのべ11人。このほか、つのだじろうさん、園山俊二さんらのように、住人ではなかったが「トキワ荘」に足しげく通い、漫画家同士で親しく交流していた若手も多くいた。「トキワ荘」は若手漫画家たちが結成したグループ「新漫画党」の活動拠点にもなった。

「鉄腕アトム」(手塚)、「ドラえもん」(藤子)、「仮面ライダー」(石ノ森)、「天才バカボン」(赤塚)、「うしろの百太郎」(つのだ)、「はじめ人間ギャートルズ」(園山)、「星のたてごと」(水野)……。それぞれの代表作を見るだけでも思わずため息が出る。漫画ファンならずとも、夢やロマンを駆り立てられる豪華メンバーだ。

「トキワ荘」2階の廊下(写真は向さすけさん提供)

どんな生活をしていたのだろうか? 漫画家たちは2階にあった4畳半の10部屋に住んでいた。2階平面図の後方の左側(北東側)から順番に14、15、16、17、18号室、前方の左側から22、21、20、19、23号室(23号室は新施設ではエレベータースペースに充てる)と配置され、14号室に手塚さん(後に安孫子さん)、15号室に藤本さん、16号室に赤塚さん、17号室に石ノ森さん、18号室に山内さん、19号室に水野さん、20号室に鈴木さん、森安さん、よこたさんらが入れ替わりか、ほぼ同時に暮らしていた。

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