伝説のトキワ荘復元 4畳半に甦る巨匠漫画家の青春編集委員 小林明

「トキワ荘」最後の住人、「壊す前に住まわせて」と直談判

憧れの手塚さんらが住んだ「トキワ荘」2階14号室で漫画を読む向さん(写真は向さすけさん提供)

「トキワ荘」にとりわけ熱い思いを持つ男性がいる。イラストレーターの向さすけさん(57)。漫画好きだった向さんは「トキワ荘」が老朽化で取り壊される直前の81年、夏から年末までの半年ほど「トキワ荘」に入居し、暮らした貴重な経験がある。いわば「トキワ荘の最後の住人」だ。

ちょうど高校を卒業し、漫画の専門学校に通っていた年。手塚さん、藤子さん、石ノ森さん、赤塚さんらの漫画を読んで育った向さんは、漫画の聖地「トキワ荘」が取り壊されることを知り、いても立ってもいられなくなった。「壊す前に少しでいいから住まわせてください」と大家に直接掛け合い、手塚さんや安孫子さんが住んだ14号室の入居人になったそうだ。

「トキワ荘」2階炊事場で(写真は向さすけさん提供)

「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」「バンパイヤ」などの手塚作品、「オバケのQ太郎」「パーマン」などの藤子作品、「サイボーグ009」などの石ノ森作品が好きだったが、このほか「トキワ荘」が登場する藤子さんの自伝的漫画「まんが道」も愛読していた。それで向さんは漫画を描き始めるようになる。「憧れていた偉大な漫画家たちがここで雑談したり、会合したり、漫画作品を描いたりしていたんだと思うと、彼らの息づかいが聞こえてくるようで、夜は興奮してなかなか眠れませんでした」と当時の心境を生き生きと振り返る。

「息づかいを感じて眠れず」 手塚さんの仕事の痕跡も発見

入居した14号室ではかつて手塚さんが、部屋に入ってすぐ左手に見える柱に仕上げたばかりの原画を画びょうで張り付けて乾燥させていた。「その画びょうの跡らしき小さな穴がいくつも柱に付いているのを見つけた時は、思わずうれしくなりました……」

「トキワ荘」の外観(写真は向さすけさん提供)

向さんは浪人生だった友人と一緒に入居するが、「アパートの中は22号室に住人が1人いたくらいであとは空き部屋だったから、いろんな部屋に順番に布団を持ち込んで寝た」。当時から、「トキワ荘」は漫画やアニメの専門学校の見学ツアーのコースにもなっていて、庭先まで入ってきた専門学校の生徒たちの話し声で朝、目が覚めた経験もあるそうだ。

家賃は1万円。「築30年の年季が入ったアパートだったため、かび臭かったけど、取り壊しまでの時間を惜しむように暮らしていた」という。向さんが81年末に退去した後もアパートはしばらく解体されずにいたので、気になって、自宅の世田谷から何度もバイクで駆け付けて、様子を見に来たという。「消えゆく大切な歴史」を前にいても立ってもいられずに夢中で行動した向さん。当時の体験や撮影した数々の写真は、貴重な資料として今回の復元計画にも大いに役立っている。

(編集委員 小林明)

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