ベルリン7つの楽しみ 壁崩壊30年、今あふれる魅力

2019/12/1
ナショナルジオグラフィック日本版

19世紀半ばに造られたラントヴェーア運河が、ベルリン中心部を流れる(PHOTOGRAPH BY PABLO CASTAGNOLA, ANZENBERGER/REDUX)

1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した原因の一つは、旅行の許可に関する新たな規定が発表されたことだった。共産主義の東ベルリンで高まる民主化運動に対し、政府は国境規制の一部を緩和することで応じた。この変更は、人の移動にごくわずかな影響しか与えないはずだった。

しかし記者会見で、これを誤って国境の開放だと伝えた。市民たちは大挙して壁に押し寄せ、圧倒された警備隊は、最終的に検問所を開かざるを得なくなった。あとはご存知の通りだ。

それから30年で、ベルリンは世界でも指折りの魅力的な街へと進化を遂げた。抑圧から放たれた何でもありの創造性が花開いている。さらに最近では、ベルリンは100万人を超す亡命希望者を受け入れる動きを引っ張り、パワーを保ったまま成長を続けている。

「ニューヨークのような場所とベルリンとの違いを表現するとしたら、ニューヨークは安定していて、ベルリンは沸き返っているという感じです」と語るのは、写真家のハラルド・ハウスヴァルト氏だ。同氏は1989年11月の東ベルリンで、ハンマーを手にして壁に集まった住民たちを撮影。1つの国家が崩壊していく瞬間を写真に残した。

「ベルリンは今もなお、終わりなき新興都市です」とハウスヴァルト氏は話す。「それがこの街の美しさの理由です」。そんなドイツの首都を旅する7つの楽しみ方を紹介しよう。

楽しみ方1:冷戦時代にタイムトラベル

ベルリンに残る冷戦時代の「亡霊」と出合える場所として有名で人気があるのは、かつてのベルリンの壁が壁画で埋め尽くされたイーストサイドギャラリーだ。この壁が家族や街、東西の世界をどれほど強く引き裂いていたのかを知るためには、約1.5キロにわたって続くベルリン・ウォール・メモリアルの屋外展示に足を向けよう。東ベルリンからの脱出用トンネルの位置が示され、当時「デス・ストリップ」と呼ばれた無人地帯には、脱走者を射殺した監視塔が今も残る。

イーストサイドギャラリーの壁画の前で自撮りする観光客。かつてのベルリンの壁の一部は、今は壁画で彩られている(PHOTOGRAPH BY JANA CAVOJSKA, SOPA IMAGES/LIGHTROCKET VIA GETTY IMAGES)

また、フリードリヒ通り駅の隣には、「涙の宮殿」を意味するトレーネンパラストの国境検問所がある。映像資料や当時の出入国管理ブースが展示され、東ベルリン市民が西側へと帰る家族や友人を見送った様子を見ることができる。悪名高いシュタージ刑務所では、かつての収容者が案内役をしていて、東ドイツの秘密警察がどのような監視や脅迫の手段を用いて人々を支配していたのかについて、悲惨な体験を語っている。

楽しみ方2:プロイセン時代の宮殿を訪れる

ベルリンの歴史は、暗く重いものばかりではない。その証拠が、ベルサイユ宮殿に触発されて造られたバロックの美、シャルロッテンブルク宮殿だ。丹念に手入れされた庭園やコイが泳ぐ池、ロココ様式のぜいたくな宮殿が見られる18世紀の城は、プロイセンの時代をしのばせてくれる。

ベルリンから鉄道のSバーンで40分のところにある都市ポツダムは、ドイツ最大のユネスコ世界遺産だ。範囲は約5平方キロ、建物は150棟にも及ぶ。この遺産を代表する、フリードリヒ2世が夏を過ごした新宮殿とサンスーシ宮殿を見逃さないように。

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