イルカが言葉を覚えた! 音・モノ・文字の関連を理解東海大学 海洋学部 村山司(4)

「動詞ですね。この1、2年、動詞を教えようとしています。ですので、今の私の研究を言うと、『イルカの人工言語による名詞と動詞の命名』ということになるんです。今はとりあえず、『持ってこい』と動詞を教えようと思っています。これ、行動としては普段パフォーマンスの中でもやっていることですし」

ナックがモノの名前を言えるようになり、また、動きを表現することができるようになったら、つまり、「フィンを持って来て」と言葉で頼めるようになるし、逆にナックからこちらに対して「フィンを持って来て」と言えるようになるかもしれない。

ふと思うのだが、ナックに対して「フィンを持って来て」と人工言語で伝えるのは、今、トレーナーがパフォーマンスの中で出しているハンドサインの指示とどう違うのだろう。

インタビューに途中から同席してくれた鴨川シーワールドの勝俣浩副館長によると、トレーナーがイルカに出すサインは、もっと単純だそうだ。例えば「プールに浮かんでいるビーチボールを持って来て」という指示は、ただ単に「取ってきて」くらい。ビーチボールがあればそれを持ってくるし、ビート板が浮かんでいればビート板を持ってくる、というふうに、周囲の状況を考え合わせて解釈される。一方で、村山さんの人工言語では、そのあたりの区別が言語の上で出来るようになる。

一方で、ナックから人に「フィンを持って来て」と言う状況は、根本的に違う。

ナック側から見るとこんなふう。

話をする、会話をする、というのは、一方通行ではなくて、双方向で意思を伝えられることだろう。村山さんの人工言語をマスターすれば、ナックは声を使って、あるいは文字を使って(呈示装置にタッチするとかして)、自分から人に働きかけることができるようになる。とても限定的な語彙の人工言語でも、村山さんの「イルカと話す」夢は、イルカ側からの自発的な発話があった時点で、一応の完成をみる。

「犬の言葉がわかる、猫の言葉がわかる、ペットの気持ちがわかるっていう人はよくいます。でも、それはその人だけの感覚で、本当にそうなのって言われたときに、何も反論できないですよね。それを私は、ナックが自発的な意志を持って呼びかけてくるところまで持っていきたいなと。なので、石橋を叩いても渡らないぐらいの慎重さでやってるんです。この時点で、ナックが言葉を覚えたって思ってしまえば、もう簡単で楽しいわけなんですけど、でも第三者が見てもそう見えるようにするというのが研究かなと思うんですよね」

村山さんの研究の行方はいかに。動詞をおぼえ、基本的な構文を身につけたナックが、「話しかけてくるイルカ」として知られる日はいつになるだろうか……。

と、きれいにまとまった感があるが、ここに1点の別の要素がさらに加わる。

それが、昨年以降の一大テーマ、ナックが人の声を模倣できるという発見である。

「イルカの人工言語」「人の言葉の模倣」、2つの研究を隣に並べてみた時、じゃあ、ナックが人工言語ではなく日本語を、模倣ではなく意思疎通の手段として、話す未来はあるのだろうかと連想してしまう。

「もちろん、そこまで行ければ、と思っています」と村山さんは、にこりと笑うのだった。

東海大学海洋学部の村山司教授。

(2015年5月 ナショナル ジオグラフィック日本版サイトから転載)

村山司(むらやま つかさ)
1960年、山形県生まれ。東海大学海洋学部教授。博士(農学)。1984年、東北大学を卒業後、1991年、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。水産庁水産工学研究所(現・水産総合研究センター)、東京大学を経て、現職。主に飼育下のイルカを対象に、認知機能やコミュニケーション能力を研究している。『イルカの認知科学――異種間コミュニケーションへの挑戦』(東京大学出版会)、『ナックの声が聞きたくて! “スーパー・ベルーガ”にことばを教えるイルカ博士』『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』(講談社)『続イルカ・クジラ学』(共著、東海大学出版会)など、著書多数。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
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