チリの鉱山で起きた落盤事故から生還したチームと、福島第2原発の「チーム増田」は、一人ひとりのメンバーが最大限の能力を発揮することによって危機を脱しました。目の前に共通の危機が迫っていたり、共通の敵がいたりすれば、部門や職責の壁を超えて協力しやすいのは事実です。
しかし、平時にも、非常時のような協力体制をつくるのがリーダーの役目です。個々のメンバーが情熱をもって、協調的に、主体的に行動できる環境をつくることです。
それを実現するには、リーダーが「今はあなたが会社にとって大切なイノベーションを創出する機会なのだ」ということを示さなくてはなりません。これは、災害が起きたときと同じように、チームが一丸となって取り組むべき大切なプロジェクトなのだと。チーム全員でビジョンを共有することができれば、お互いの絆が強まるでしょう。
佐藤 日本企業の課題は、イノベーションを創出するスピードが遅いことだ、と言われています。どのようなチームをつくったら、イノベーションのプロセスを早めることができるでしょうか。
「感染していく」プロセスがスピードをあげる
エドモンドソン それはとても良い質問ですね。私は、革新的な製品やサービスを生み出すプロジェクトというのは、社内で「感染していく」と思います。イノベーションのスピードをあげるには、現場に象徴的なプロジェクトをいくつかつくることです。社運をかけたビッグプロジェクトにする必要はありません。大きすぎず、小さすぎないサイズの部門横断チームで様々な製品やサービスを開発して、市場に出して試してみることです。そして、何が売れて何が売れないのか、迅速に学習することです。
プロジェクトづくりで参考になるのは、タフツ大学の経営学者が提唱し、セーブ・ザ・チルドレンのジェリー・スターニン氏によって実証された「ポジティブ・ディビアンス」(Positive Deviance =良い方向への逸脱者)という概念です。これは、集団の抱える問題を解決し、集団全体を良い方向へ導くためのアプローチです。
「ポジティブ・ディビアンス」とは、他の集団と比べて非常識な行動をとっているのに、うまく問題を解決している「逸脱者」のこと。この「逸脱者」は、個人であることもあれば、集団や企業であることもありますが、リソース(ヒト、モノ、カネなど)がなくとも、周りとは異なる戦略やアプローチで問題を解決するのが特徴です。この逸脱者の独自の戦略やアプローチを研究し、その同じ環境下にある人々に適用することは、集団全体の問題を解決するのに有効であることが、フィールド調査から実証されています。
これは外部の人や専門家のアイデアを取り入れるよりも有効なアプローチです。というのも逸脱者の戦略は、同じコンテクスト、同じリソースで効果を発揮することがすでにわかっているからです。
「ポジティブ・ディビアンス」はセーブ・ザ・チルドレンのような慈善団体だけではなく、営利を目的とする企業にも有効だと思います。1つの「ポジティブ・ディビアンス」は、他のプロジェクトにも感染し、やがては会社全体へと感染していくことでしょう。それがひいては、日本企業全体のイノベーション力を高めることにつながると思います。
ハーバードビジネススクール教授。専門はリーダーシップと経営管理。同校および世界各国にて、リーダーシップ、チームワーク、イノベーションなどを教えている。Thinkers50が選出する「世界で最も影響力のあるビジネス思想家50人」の一人。多数の受賞歴があり、2006年にはカミングス賞(米国経営学会)、04年にはアクセンチュア賞を受賞。著書に『チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』(英治出版)、「The Fearless Organization : Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth」(Wiley, 2019、2020年日本語版刊行予定)
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